忍者ドラマ「忍びの家 House of Ninjas」が結果を出すまで、長くはかからなかった。2024年2月15日にNetflixで全世界配信されてからわずか数日で、世界92の国と地域でNetflix週間グローバルTOP10(非英語シリーズ)のトップ10入りを果たし、配信2週目で1位に上り詰めたのだ。
この成績は、原作のない完全オリジナルストーリーのNetflix日本発ドラマシリーズとしては、過去最高となる。その後も配信開始から4週連続で週間グローバル「TOP10(非英語シリーズ)」にランクインし続けた。
世界的な成功の立役者のひとりが、脚本と監督を担当した米国人のデイヴ・ボイルだ。本作でエグゼクティブ・プロデューサーを務めた俳優で主演の賀来賢人が立ち上げを4月3日に発表した映像制作会社、SIGNAL181の共同創業者でもある。
これまでロサンゼルスで映画の脚本家として活躍しながら自主制作映画などでキャリアを築く一方で、日本制作の作品とは縁がなかったボイル。「忍者ものに興味ありますか?」と、Netflixに所属する知人のプロデューサーから聞かれたこのひと言に引かれて、本作の製作にかかわることになった。「完全オリジナルのストーリーを全世界配信する規模でつくるチャンスは、自分にとってそうあることではありませんでした」と、ボイルは打ち明ける。
米国人ゆえの葛藤と挑戦
しかし、同時に葛藤もあった。「日本人ではない自分が、忍者という日本特有の題材を書くべきかどうか。迷いがなかったと言ったら嘘になります。日本に長期滞在した経験もありませんでしたが、だからこそ、できるだけリアルな日本を捉えて忍者の世界を描くために、日本語で臨むことにしたのです」と、ボイルは語る。
その言葉の通り、脚本の初稿こそ母国語の英語で書いていたが、2稿目からはボイルにとって第2言語である日本語での執筆に挑戦した。この脚本づくりと撮影のために1年半ほど日本に滞在し、その際もあえて通訳を介さず、日本語でのコミュニケーションに徹したほどである。
制作現場でも、ボイルは日本の慣習や制作工程に合わせた。「日本のやり方を経験したい」という思いがあったからだ。
例えば、台本の扱われ方にハリウッドとの違いを感じたという。「ハリウッドでは、台本が書き直されるたびに、元の台本に新しく印刷された紙が無造作に次々と差し込まれます。でも、日本では台本は本のように製本されています。大事に扱おうという意識がそこにはあると思いました」
また、撮影現場ではチーム力の高さを実感することにもなった。「米国では監督の立場でも現場で何がどのように進んでいるのかわからないことがあるのですが、日本の現場の人々は準備に余念がありません。皆で一つひとつ確認しながら作業を進めていきます」と、ボイルは言う。「最初はこんなにも打ち合わせをする必要があるのかと正直なところ思いましたが、慣れてくると作業が安定することのよさに気づきました」
世界で受け入れられる作品にするために
一方で、自身のユニークさを作品で表現することも忘れなかった。「自分にしか書けないものは何か。考えていくなかで、ぼく自身がこの作品に対して葛藤を覚えたように、葛藤と向き合う忍者の姿にたどり着いていったのです。物事は簡単に解決してしまうより、解決できないほうがむしろおもしろいとぼくは思います」
実際に作品では現代に生きながら「忍び」という伝統を守り、「忍び」という人生を選択することへの葛藤が描かれている。つまり、「忍び」をアイデンティティとして捉えているのだ。忍者のアクションや手裏剣といったガジェットを強調する以上に、忍者一家としての生き方を見つめている。
さらに、父と母と3人の息子、1人の娘、そして祖母の7人で構成される家族それぞれの個性を明確に描くことにもこだわった。「一人ひとりが抱える異なる問題からキャラクターが見えてくる効果を狙いました。同時に『忍び』という架空のキャラクターを通じて、日本の家族も表現しています。それによって世界で受け入れやすい作品になると、そんな期待があったのです」
つまり、現実離れした忍者ドラマではなく、身近な家族ドラマを描いているわけだ。しかし、平凡な家族ドラマには終わらない。場面によって様式がガラっと変わる演出で“攻め”ている。不気味さと切なさを同居させながら、ユーモアとスリルのバランスも図っているのだ。謎を少しずつ解き明かしていくミステリーの要素も組み込まれている。
いずれも飽きさせないための工夫であり、新しさを求めたゆえの、ボイルが導き出した答えだった。「アクションの派手さだけに頼らず、ちょっとした場面でも次にどんな展開があるのか、とにかくワクワクさせたかったんです」
劇中で使われる音楽も、それを象徴している。ボイルは米国のテレビや映画の業界でサウンドデザインを手がけるジョナサン・スナイプスに、「耳にすれば、すぐにこの作品の音楽だとわかる曲」の制作を依頼したのだ。
また撮影中、ボイル自らプレイリストをつくってもいたという。そのうちの1曲が、1話のラストで流れる1960年代に結成された英国のバンド「ゾンビーズ」の曲「Nothing’s Changed」だ。「何百年も続く存在である忍者が現代に生きるというストーリーだからこそ、時代を越えたタイムレスな雰囲気をつくり出したかったのです」と、こうした“古典”でもある曲を選んだ理由を明かす。
ボイルは「不思議な作品をつくりたかったんです」と言う。忍者という題材そのものは決して珍しいものではないが、家族の悩みや人生の葛藤などを絶妙に組み合わせることで、ボイルならではの独特の感性に溢れた作品に仕上がっているのだ。
飽くなき日本への好奇心の原点
そうした感性の原点や原動力となっているのは、日本の言語や文化に強い関心をもつボイルの好奇心かもしれない。ボイルが日本語を学んだきっかけは偶然ともいえるものだった。19歳のときにモルモン教の宣教師としてオーストラリアのシドニーに派遣され、日本人コミュニティを担当したことで日本の文化に興味をもつようになったのだという。大学時代に繰り返し観た映画は、伊丹十三の脚本・監督作『タンポポ』だった。
長年にわたって抱き続けてきた日本に対する好奇心は、ボイルの代表作でもある映画『THE MAN FROM RENO』(2014)としても結実している。米国人と日本人の交流を描くミステリーで、後のボイルのクリエイター人生においても転機となった作品といえる。
「日本語を学んだことで人生が変わりました。日本の文化を好きになって、敬語を使い分ける日本語という言語を知ると、日本語を学ぶことがますますおもしろくなる。今回の作品づくりでも、業界の慣習や言葉の違いを知れば知るたびに、ひたすら心を動かされました。この作品をきっかけに、ぼくがおもしろいと思う日本に多くの人たちが興味をもってくれたら──。そんなふうに考えています」
(Edited by Daisuke Takimoto)
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