AIツールによる“会議のシンギュラリティ”が、働き方を永遠に変えるかもしれない

会議の音声を書き起こしたり、要約したりするAIサービスが増えている。AIは、その会社の働き方や社員に精通するようになれば、やがて会議のモデレーターを務めるようになり、代わりに会議に“出席”してくれる可能性さえある。
Photo of 8 Limitless Pendants in different colors
Courtesy of Limitless

ダン・シローカーは事業転換の仕方をよく知っている。以前、教育スタートアップとして立ち上げた会社を、Optimizelyという名のオンライン分析会社にし、成功させた。最近はZoomのようなオンラインミーティング用アプリからデータを抽出するScribe.aiという人工知能(AI)の会社を設立したが、また事業転換をし、「人生のための検索エンジン」として設計したRewindというMacOSアプリを提供するようになった。だが、それもうまくいかなかったので、シローカーは4月中旬に会社の名前をLimitlessに変更し、洗練されたウェアラブルデバイスを提供するようになった。同社は99ドルのクリップまたはペンダント型の端末でユーザーの会話を記録し、生成AIでほかの人と交流した思い出を振り返ったり、分析したりするサービスを提供する。

シローカーはプライバシー保護の対策もしている。相手が口頭で許可するまで、録音をしない機能を搭載したのだ。シローカーの長期的なビジョンは、人生のすべてを記録することだ。しかし、Limitlessが最初の顧客を獲得するには、いま現在の問題を解決しなければならない。そこでシローカーが最初に目をつけたのが、生産性のない会議だった。「これは技術で有意義に改善できる本当の問題です」とシローカーは言う。

AIは、対面での会議やリモート会議、定例会議や臨時会議など、社会人が日々こなしている数多の会議を変えられる技術だと、シロカーは考えている。しかし、競合も多い。マイクロソフトのような生産性向上に焦点を当てている企業や、会議アプリのZoom、音声書き起こしサービスを提供するOtterなどのスタートアップも、会議で使えるAIサービスを提供している。

AIが会議をどのように変えるかは、注意深く見守るべきだ。それこそが、AIが普及した未来の働き方を示唆するものだからだ。

野心的なバーチャル労働者

AIによる“会議のシンギュラリティ”は一見、無害そうな部分から始まっている。それは、会議で交わされる議論の書き起こしと要約だ。こうしたサービスは、かつて秘書たちが定期的にこなしていたタスクを自動化するものだ。

とはいえ、このような変化でさえ、人々のやりとりの力学をわずかに変えた。なぜなら、すべての議論が文書に残ってしまうので、口から滑り落ちたバカな冗談を含め、あらゆる発言の責任から逃れられなくなってしまったからだ。また、AIが生成した会議の書き起こしは、3カ月に及ぶ計画立案の会議でひと言も発しなかったチームメンバーを炙り出す。その一方で、迅速かつ正確に議論の内容を要約し、次に何をすべきかを特定してくれるAI機能は間違いなく便利だ。これらの機能は、タスクが抜け落ちるのを許していた隙間を埋めることができるのだ。

「人間は1週間後には、起きたことの90%を忘れてしまいます」とシローカーは言う。「1週間前にあった1時間の会議のせいぜい6分程度の内容しか覚えていられません」。Limitlessは重要なことを忘れないようにAIを使用し、アプリが取得したデータを元にしたメッセージをユーザーに送ることで、次の会議に向けて準備を整えられるようにする。例えば、前の会議で「着手して報告する」と約束していたタスクについての通知をする、といったことだ。

これは会議の大きな改革に向けた最初の小さな一歩に過ぎない。会議に参加しているアルゴリズムが単なるオブザーバーのままでいると想定するのは間違いないのだ。

AIは、昇進を求める野心的なバーチャル労働者に似ている。少なくとも仕事のなかで、より重要な役割をこなそうとしているということだ。そのうちAIサービスがユーザーの代わりに会議を回すようになるかもしれない。そうならない理由はない。なぜなら、そのAIサービスは会議に参加している誰よりもその会社での働き方、直近の目標、顧客の状況、ほかの参加者の能力をよく知っているからだ。

すべての人がこのような未来が来ると考えているわけではない。ノースカロライナ大学シャーロット校の教授スティーブン・ロゲルバーグは会議について長年研究しており、『Glad We Met: The Art and Science of 1:1 Meetings』という本を最近上梓した。ロゲルバーグは、AIは会議を効率化する技術だと見ている。その一方で、わたしたちがよく知る会議の重要性は、仕事をしていくなかで、今後も変わらないと考えている。

「何千年も前から人々は集まって話をしていました」とロゲルバーグは言う。「AIが、そのような人々が集まるニーズをなくすことはないでしょう」。AIで会議を改善しようとする企業に助言する際、ロゲルバーグは、本質的な改善をするには依然として人間の基本的な性質によるところが大きいことも伝えている。「つまり、リーダーが非常に戦略的で重要な議題を設定し、適切なときに適切な参加者を揃えるということです」と言う。「そこをツールで置き換えることはできません」

AIがモデレーターをこなす

この点について、生成AIでサービスを構築している側はどう考えているだろう。わたしはOtterの最高経営責任者(CEO)であるサム・リャンと電話で話す約束を取り付けた。同社はシンプルな書き起こしサービスを提供するところから始まったが、いまは会議を変えるAIサービスの開発に注力している(もちろん、取材時にOtterはわたしとリャンの会話の流れを追い、同時進行で議事録を作成していた)。Otterの会議ツールには、リアルタイムで議事録を生成し、それを会議の議題と照らし合わせて、議論済みの項目をチェックする機能もある。

リーダーが議事録と進行具合をチェックする代わりに、残り時間が少ないときにひとつの議題に時間をかけすぎだとAIが知らせるのは理にかなっている。とはいえ、この機能はまだ開発中のものだとリャンは言う。AIが実際に会議を進行するようになるのは時間の問題なのかと、わたしは疑問を口にした。すると、リャンは「モデレーターになれるかもしれません」とすぐに応えた。

AIは会議に特化したパーソナルコーチになれるかもしれない、ともリャンは話した。これは、大勢での会議や1on1で人々のパフォーマンスを向上させる手助けをするような機能だ。例えば、営業電話をかける若手が、先方から難しい質問を受けたとする。そのときAIは、経験豊富で契約を多くとる営業担当者の会話を元に、アドバイスを提供できるかもしれない。ゆっくり話すようにといった簡単な指摘もできる。経験豊富な情報源からのコーチングは役に立つ。しかし、会議に参加している全員が自分のパーソナルコーチとつながっている未来は、ややディストピア的だ。会議の参加者たちが率先して、大規模言語モデル(LLM)の操り人形になっているかのようである。

AIが会議で幅を利かせるほど、人間が参加する可能性は低くならないかと、リャンに質問した。自動で要約をつくってもらえるのであれば、会議に出席するインセンティブは少なくなるように思える。リャン自身、招待された会議のほんの一部にしか出席していないと言う。「スタートアップのCEOとして、会議への招待が山のように来ます。ダブルブッキング、トリプルブッキングされていることもよくあるんです」と言う。

「Otterを使えば、会議の招待を確認してそれをランク付けできます。会議の内容、緊急性、重要性、わたしが参加することで価値を高められるかどうかに基づいて分類するということです」。リャンはCEOなので、会議に参加しないことは簡単かもしれない。一方で、上司の考えを知りたい、あるいは提案したことを実行する許可がすぐにほしい人にとって、上司が会議に参加することには価値がある。

アバターが会議をしてくれる

もちろん、それぞれの参加者が議論に価値を与えるということが会議の前提にある。会議の参加者たちが問題について決定権のある人物に話を伺おうとしているのに、その人がその場にいなかったら意味がない。しかし、リャンはそうした状況にもAIを使った解決策を用意しようとしている。「Otter Avatarというシステムを構築しています。これは各従業員のAIモデルを作成して訓練し、従業員が会議に出席できない、あるいは病気や休暇中でいないときに代わりに出席できるようにするものです。過去の会議やSlackのメッセージなど、各従業員のこれまでのデータを使ってアバターを訓練します。その従業員に尋ねたいことがあれば、アバターが代わりに答えられます」と言う。

この機能によって、会議には人間は出ず、AIだけになるかもしれないとわたしは指摘した。「自分の代わりにアバターを全会議に出席させるだろうし、ほかの人も同じようにするでしょう」。会議ではAIアバター同士が話し合う。そして人間は会議が終わった後に議事録に目を通して、AIが何を話し合ったのかを確認するだけになる。

「そうなる可能性はあります」とリャンは言う。「もちろん、個人的にやりとりしたい状況も存在するでしょう」

「その場合は」とわたしは応える。「その人とバーに出かければいいわけですね」

「そうです!アバターが会議をしている間、同僚と飲みにいけます!」とリャンは言う。「最終的には、アバターがすべての仕事をしてくれるので、働かなくてもよくなるかもしれません!」

もちろん冗談で言っているだけだが、この推測は重要なことを示している。いま、各企業がAI技術を強力な製品に組み込もうとするAI開発の時代を迎えている。どれも人間が主導権を握りながら、AIの助けを借りて仕事をこなしていくためのものだ。しかし、この技術を開発している多くの人たちは、人間を上回る、または置き換えられる、いわゆる汎用人工知能(AGI)をつくるという目標の実現に注力している。すべてが順調に進めば、便利なツールとして始まったものが職場でますます重要な役割を担うようになり、最初はAI導入前の働き方を変え、やがては人間の労働者そのものを置き換えることになるだろう。

そうなれば、人々はバーに集まって、ユニバーサル・ベーシックインカムを飲み代に充てられるようになる。そのころには増え続ける人生のアーカイブに追加できるよう、Limitlessのダン・シローカーが開発したペンダントを身に着けてすべての会話を記録しているかもしれない。そのとき人々はこんな質問をするだろう。「昔ながらの会議ってどんなだんだっけ? 何が人間の仕事だったのか、思い出させてくれない?」

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma)

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