スヌーピー「ムーンスウォッチ」が浮かび上がらせた“カートゥーン・ラグジュアリー”ブーム

スヌーピーやポパイ、ミス・ピギーなどといったキャラクターの知的財産を保有するライセンス事業者は、もはや安物を扱わなくなった。ルイ・ヴィトンやオメガなどのラグジュアリーブランドが、カートゥーンの世界と手を組み始めたからだ。
スヌーピー「ムーンスウォッチ」が浮かび上がらせた“カートゥーン・ラグジュアリー”ブーム
PHOTOGRAPH: TAG HEUER, SWATCH AND GÉRALD GENTA

スヌーピーをモチーフにした腕時計がほしい? それなら選択肢に困ることはない。Timexは『ピーナッツ』のメンバーをモチーフにしたコレクションを販売しているし、セイコーもスヌーピーをあしらった爽やかな時計を2種類、最近発売した。英国発の高級時計ブランドであるBAMFORDは、ファッション系ウェブサイトのHypebeastとのコラボレーションの一環として、ストリートウェアを着た有名な犬をモチーフにしたGMT時計を1,416ユーロ(約37万円)で売っている。アップルも昨年、WatchOS用のウォッチフェイスにスヌーピーの絵柄を加えたので、それを利用するのもいいだろう。

そんななかでも、スヌーピー柄の腕時計を身に着けて特に注目を浴びたいのなら、宇宙飛行士愛用のオメガ 「スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル」に着想を得た廉価版「MoonSwatch」の最新作が最も間違いないだろう。 オリジナルのMoonSwatchコレクションが旋風を巻き起こし、スウォッチストアに人々を殺到させ、高額で転売され始めてから、ちょうど2年がたつ。バイオセラミック素材(バイオプラスチックとセラミックを独自仕様で配合)を使用した新作は「Mission to Moonphase」と名づけられており、2時の位置に三日月に寄りかかるスヌーピーと相棒のウッドストックを配したムーンフェイズ表示がある。色は白と黒だ。

暗い場所ではその月が星空に浮かび、「灯りを付けたままじゃないと眠れない!」という文が浮かび上がる。1962年の『ピーナッツ』で、スヌーピーが満月の下で眠る際に発した言葉だ。

PHOTOGRAPH: SWATCH

ありきたりなキャラクターの復活

これはある意味、知る人ぞ知るオメガの伝説に対するオマージュと言える。NASA宇宙飛行士の公式時計メーカーであるオメガは、70年にミッションの成功を称えてNASAから「シルバー・スヌーピー賞」を受け取った。スヌーピーはそれまでの10年、安全のマスコットとして採用されていたのだ。オメガが2003年と15年と20年につくったスヌーピーをフィーチャーした3本のスピードマスターは、同コレクションのなかでも最も人気が高く、収集品としての色合いが強い。 しかしこの事実が、ありきたりなキャラクター──マンガ、ゲーム、スーパーヒーロー、アニメなど──がファッションやギア、ラグジュアリーにおいても巨大なビジネスになることを証明している。

ポパイやミス・ピギーなどといった知的財産は、もはや低価格路線だけのものではない。高級品購入者の新世代をターゲットにしたデザイナー製品にも利用されるようになったのだ。この新しい世代は贅沢品のもつ深遠な謎ではなく、ノスタルジックなもの、皮肉が効いたもの、ポップカルチャーの甘いコーティングに包まれたものに敏感に反応するからだ。

ここ数年を例に挙げると、ルイ・ヴィトンがジェラルド・ジェンタ・ブランドの時計にミッキー・マウスをあしらい、バレンシアガはフォートナイトとタッグを組み、タグ・ホイヤーはスーパーマリオの時計(小さなマリオがゲームキャラクターのキラーとトゲゾーこうらに追いかけられるトゥールビヨン付き)をリミテッドエディションとして世に送り出した。

もっと最近の例では、イタリアのハイエンド・ファッションブランドのフェンディが1月にポケモンとのコラボ商品を発売しており、スペインのラグジュアリーブランドとして知られるロエベがジブリのアニメキャラクターを施した製品を発表した。スイスの高級時計メーカーのオリスは、月に一度、日付窓にセサミストリートのカーミットが現れる緑色の時計をつくった。

PHOTOGRAPH : TAG HEUER

子どもっぽいラグジュアリー

トレンド予想会社ライトイヤーズ・コンサルティングの社長を務めるルーシー・グリーンによると、この動きは決して驚くべきことではなく、Z世代の購買力が高まったことに端を発していると言う。「この層がファッションやラグジュアリーの主要顧客になりつつあるのです。そして、この世代のラグジュアリーに関する考え方は、以前の世代とは異なっています。子どもの頃に、ディズニーやマーベル、任天堂と出合い、それらとともに成長したからです。そうした巨大フランチャイズが貴重な文化なのです。この層は、贅沢品をただ買うのではありません。自慢し、コレクションに適したものを選びます」

このトレンドは特に時計に顕著に表れている。時計こそが、このトレンドのそもそもも始まりの場所だからだ。米国の時計メーカーであるインガソールは、33年にミッキー・マウス時計を初めて発売し、大ヒットさせた(ミッキーの腕が時針と分針になっている)。ニューヨークのデパート「メイシーズ」では、1日で11,000個が売れたと報告されている。

これによりキャラクター時計のジャンルが生まれ、スーパーマン、ドナルド・ダック、バック・ロジャースなどを文字盤にあしらった時計が何百万個も売れた。もちろん、それらは子どもをターゲットにしていた。それがいまでは、高級品業界がそうした子どもっぽいものに頼って金儲けをするようになった。

例えば、独立系時計メーカーのクロススタジオ。同社は、バッグス・バニーとマイケル・ジョーダンがタッグを組んだことで話題になった1996年の映画『スペース・ジャム』をテーマにした精密なトゥールビヨン・モデル、さらにはボバ・フェットの宇宙船「スレーヴ1」の小さな彫刻を施したモデルを発表した。ロエベはマインクラフト風の「ピクセル」パーカを発表した。

「ユーモアのセンスを保ちながらラグジュアリーを満喫できる、という共通認識があるのです。実際、オタクっぽく、そしてインサイダーっぽく楽しむことがクールだとみなされています」とグリーンは言う。由緒あるラグジュアリーブランドがそのトレンドに乗ることは、知性の表れとみなされる。決して低俗あるいは下品なことではない。「成功例を見る限り、かつてはありきたりなブランド化のアイデアとみなされていたことが、人々の創造性を刺激し、内輪の感覚に訴えかけるのです」

PHOTOGRAPH: KROSS STUDIO

もはや誰も無視できない“ファン文化”

このことは、オメガ自身が証明している。20年のスヌーピー・ウォッチでは文字盤を単純に飾るのではなく、時計の背面を見れば、オートマトン内でスヌーピーが小さなロケットに乗って宇宙を横断している姿が見えた。今年登場したスピードマスター「ダーク サイド オブ ザ ムーン」では、小さな秒針がサターンVロケットの形をしている。それらを底抜けにダサいと感じるか、最高にクールと思うかは、基本的にはどうでもいいことだ。

「かつて“くだらないもの”と“許容できるもの”を区分けしていた境界線は、いまはもう存在しないのです」とグリーンは言う。「インターネットがわたしたち全員を一方的にハイパー・ポストモダンにしてしまいました。そこではすべてが興味深く重要で、何も排除されません」

これまでずっとポップカルチャーやトレンドに対して距離を置いてきたロレックスでさえ、最近はそうした変化に気づき始めたようだ。1年前に発表したデイデイトを見ると、カラフルなエナメルのジグソーパズルを模した文字盤上に、日と曜日の代わりに絵文字(ハート、キスをする顔など)とインスピレーションを刺激するワードを配している。ロレックスが方向転換したとまでは言えないが、いずれにせよ、衝撃的だった。

高級時計の名門メーカー、オーデマ・ピゲの歴史研究家で起業家でもあり、マーベルとの悪名高いコラボレーションの開発に携わったマイケル・フリードマンは、「どのブランドも顧客との距離を縮めるためにかなりの努力をしていて、何より大きな変化として、ブランドの神秘性が薄くなっています」と語る。その結果として生まれたのが、「ロイヤル・オーク・コンセプト・フライング・トゥールビヨン」モデルの「ブラック・パンサー」エディションだ。スケルトン文字盤内に、驚くほどの精度で手彫りされたブラック・パンサーが潜んでいる。去年はその続編としてスパイダーマンが公開された。これらは現在、およそ40万ドル(6,100万円)で取引されている。

「わたしたちはいま、絶対的なファン文化の時代に生きています」。フリードマンは語った。「自分の情熱を受け入れ、その情熱を、高級品だろうが低級品だろうが、手首にも、スニーカーあるいはTシャツとしても、自分の好きなように身に着け、全世界で同じ趣味の人々を見つけることができるのです。ブランドにとって、それは世間に存在するエネルギーのほんの一部を捉えるだけの一瞬の出来事ですが、その波紋はかなり大きく拡がっていくかもしれません」

(Originally published on wired.com, translated by Kei Hasegawa, LIBER, edited by Mamiko Nakano)

※『WIRED』による腕時計の関連記事はこちら


Related Articles
Close-up of OMEGA X Swatch Mission to Moonphase watch face
ファン待望だったスヌーピーの「MoonSwatch」がついに発表された。オメガとスウォッチのコラボとして熱狂を巻き起こしたウォッチの新モデルは全体が白で統一され、ムーンフェイズ機能を搭載したことが特徴となる。
article image
ルイ・ヴィトン メンズのクリエイティブ・ディレクターにファレル・ウィリアムスが就任しておよそ1年。ビッグなコレクションを次々と披露して、LVとPWはファッションに新しい何かをもたらしている。その何かをめぐる、気鋭のヒップホップ/カルチャーライターによる論考。

雑誌『WIRED』日本版 VOL.52
「FASHION FUTURE AH!」は好評発売中!

ファッションとはつまり、服のことである。布が何からつくられるのかを知ることであり、拾ったペットボトルを糸にできる現実と、古着を繊維にする困難さについて考えることでもある。次の世代がいかに育まれるべきか、彼ら/彼女らに投げかけるべき言葉を真剣に語り合うことであり、クラフツマンシップを受け継ぐこと、モードと楽観性について洞察すること、そしてとびきりのクリエイティビティのもち主の言葉に耳を傾けることである。あるいは当然、テクノロジーが拡張する可能性を想像することでもあり、自らミシンを踏むことでもある──。およそ10年ぶりとなる『WIRED』のファッション特集。詳細はこちら