木村屋×NEC「恋AIパン」で、若者にもっと恋愛を--「AI商品開発」の苦労と成果、今後のトレンド予測

 本誌CNET Japanは2024年2月19日から3月1日の9日間、「CNET Japan Live 2024」を開催した。今回のテーマは、「1+1=2以上の力を生み出す『コラボ力』」。最終日に用意されたリアルセッションでは木村屋総本店とNECが登壇し、異業種コラボで商品開発した「恋AIパン」(れんあいパン)の取り組みについて発表した。

 「恋AIパン」とは、1869(明治2)年創業の老舗である木村屋総本店の「職人技」と、音声認識や生成AI技術などを開発・提供するNECの「AIソリューション」が融合した新商品だ。本稿は、背景や課題、取り組み内容、新商品の反響などを、両者が詳しく語った本セッションをレポートする。

 
 

きっかけは、老舗パン屋ならではの危機感

 最初に、木村屋総本店 開発部 部長の神作(かんさく)知浩氏が、NECとの異業種コラボで新商品を開発するに至った経緯を説明した。

木村屋総本店 開発部 部長 神作知浩氏
木村屋総本店 開発部 部長 神作知浩氏

 木村屋といえば、銀座4丁目という一等地に本店を構える老舗パン屋だ。直営店は、三越、高島屋、伊勢丹、松屋といったデパ地下をはじめ、1都3県で24店舗を展開している。またスーパーやコンビニなどにも、1都6県をはじめ強力な流通チャネルを持つという。

 もともとは1874(明治7)年に考案した「酒種あんぱん」が、明治天皇に献上されたことから大ヒット。パンの本場である西洋にはない「菓子パン」という日本独自のカルチャーを生み出した。そして創業155年の歴史のなか、「ジャムパン」や「ジャンボむしケーキ」などの国民的人気商品を打ち出してきた。

 
 

 神作氏は、そんな木村屋で主に営業畑を渡り歩き、「ファーストエントリー、とにかく最初にやったもの勝ち」をモットーに、スーパーのプライベートブランド商品開発なども数多く手がけてきたベテランだ。

 「こうして歴史を振り返ると、木村屋のパーパス、存在意義とは、パンを発酵させる独自の酵母を開発したところにあると思う。しかし創業155年目を迎えるいま、次の世代へ木村屋をどのように伝えていくか、時代の変化にどのように対応していくべきかについては、大きな課題となっている」と神作氏は話す。

 
 

 木村屋には、“食で感動を繋ぎ、幸福の輪を広げる”という使命のもと、ジャムパンやむしケーキなどの「新しい味覚の楽しみ」を届けるべく、常に新しいチャレンジをしてきた歴史がある。また、「楽しみと誇りの融合を創る」「丁寧に素早く『最高』を生む人を育てる」という価値観のもと、技術継承を大切にしながらも、常に高品質のものを作る努力も続けてきた。

 しかし、若い消費者たちには「古臭い」というイメージがあるようだ。神作氏自身、「自分の子どもたちが他社さんのパンをよく買うのを見て、危機感を持っていた」と明かす。

NECとのコラボで若年層向けの挑戦へ

 「恋AIパン」に取り組んだ背景についても神作氏は、「今まではどちらかというと、既存のお客様、年配のご贔屓様の方をターゲットとして商品開発を進めてきたが、改めて若年層を対象とした商品開発に挑戦しようと考えた」と説明した

 
 

 まずは、若年層を理解するところからだ。彼らの日常やリアルについて、さまざまに調査をしてみると、若者の恋愛離れが進んでいることが分かったという。特に、「する恋」と「見る恋」があり、バーチャルで自分が恋愛をしたような気になりそこで満足をしてしまう人が多いことや、自分が恋をするリスクにはちょっとネガティブな若者の心理などがあったという。

 しかし、さらに調査を続けていくと、「彼たち彼女たちは、恋をしたいと思ってないのかというと、決してそうではないことも分かった。若い方たちの恋愛を応援できるようなパンも本気で作ってみようと企画を立ち上げた」(神作氏)と振り返る。

 
 
 
 

 そこで、パートナーとして選んだのがNECだ。木村屋が以前コラボしたことがあったコエドビールからの紹介で、NECがAIを活用した商品開発を行っていることを知ったという。

 また、若者の恋愛の応援をするパンというコンセプトに共感した動画サービス「ABEMA」の番組「今日、好きになりました」の協力もあって、3社による異業種コラボレーションがスタートしたというわけだ。

 
 

 こうして新たに商品開発された「恋AIパン」は、「運命の出会い」「初めてのデート」「やきもち」「涙の失恋」「結ばれる両想い」という5つの味わいで、2024年2~5月にかけて順次発売中だ。ちなみにセッション当日には来場者へのお土産として、「やきもち」味の恋AIパンが配られた。

「新商品開発」で活躍する、NECのAIソリューションたち

 続いて、NEC プロダクトマーケティング&アライアンス統括部 リードデータサイエンティストの志村典孝氏が、「恋AIパン」の開発においてどのようにAIを活用したのか、取り組み内容をまとめた動画を用いながら、詳しく説明した。

NEC プロダクトマーケティング&アライアンス統括部 リードデータサイエンティスト 志村典孝氏
NEC プロダクトマーケティング&アライアンス統括部 リードデータサイエンティスト 志村典孝氏

 まずは、ABEMAの恋愛番組「今日、好きになりました」の映像を5つの恋愛シーンに分類。NECのAIソリューションを活用して、高校生たちの会話をテキストデータに変換し、恋愛シーンごとの感情マッピングを作成した。

 次に、フルーツやスイーツなどの食品名が含まれる楽曲の歌詞データも分析して、食品についても感情マッピングを作成した。

 そして、感情マッピングの傾向が似ている恋愛シーンと食品のデータを紐付けることで、「出会い」「デート」「やきもち」「失恋」「両想い」という、5つの恋のステップを表現する食品を発見したという。

 「最終的には、ちょっと乱暴なやり方だが、木村屋の開発者さんにこれらの分析結果を全てお渡しして、データに基づきながら過去の経験をもとに、ベストな色味や食品の組み合わせを考えていただいた。恋を味として再現することで恋を追体験できる、5つの恋AIパンが完成した」と志村氏は話す。

 
 

 続いて志村氏は、今回のプロジェクトで活用したAIソリューションを紹介した。「商品開発では、音声認識の『NEC Enhanced Speech Analysis』と、データの質を高める『NEC Data Enrichment』の2つのAIソリューションを活用した。また、商品パッケージ制作でも生成AIを活用した」という。

 
 

 NEC Enhanced Speech Analysisは、ディープラーニングを使った技術で、周りの騒音に強く、話者識別もできるところが強み。複数の高校生たちの会話も的確に判定してテキスト化できたという。

 
 

 NEC Data Enrichmentは、コールセンターのログ分析でも業務活用されているAIソリューションで、「価格」「クレーム」などの判別タグを設定しておくと、テキストデータとの類似性が高いタグを自動的に付与する機能。

 今回のテキスト分析では、高校生たちの会話をデータ化したテキストに、32種類の感情タグを付与して、恋愛シーンごとの感情分析を行ったという。

 
 

 ちなみに、感情の定義では「プルチックの感情の輪」を参考にした。

 
 

 例えば、二人きりのプールサイドで話すシーンは、恋愛シーンとしては「デート」として位置付けた。「デート」を32の感情マッピングで数値化してみると、「恐怖」という感情がとても強い。このような方法で、5つの恋愛シーンごとに感情マッピングと数値化を行った。

 講演では分かりやすく、32種類の感情マッピングのうち5つの感情だけ抜き出してグラフを示した。

 
 

 同時に、日本語の歌詞データベースから食品が登場する約3万5000曲を、同じように分析。歌詞に出現する183種類の食品について、会話分析と同様に感情マッピングと数値化を行ったという。

 例えば、りんごは驚嘆や楽観という感情のスコアが高いので「出会い」のシーンに使おうなど、5つの恋愛シーンと食材を紐づけていった。

 
 

 「最終的には、恋愛シーン1つにつき、50種類の食材を選定して、木村屋の職人に情報を提供して、試作品を23種類作って関係者で試食しながら、ようやく5種類の恋AIパンが完成した」と志村氏は苦労を滲ませた。

 また、商品パッケージ制作においても、NEC開発の生成AI「cotomi(コトミ)」を活用して、商品解説文を作成したという。

 志村氏は、「解説文を1つ制作するのにかかった時間は約30分。また、プロのライターさんが考えた案と比べて評価も高く、cotomiが作った解説文を採用した」と明かす。cotomiは軽量な環境でも動くためオンプレ環境での構築にも適しているそうだ。

 
 
 
 

商品開発におけるAI活用のメリット3つ

 志村氏は、「恋AIパン」におけるAI活用方法を説明後、「商品開発におけるAI活用のメリット」について、過去の事例もふまえながら紹介した。1つめは、「WOW!」を生み出せること。2つめは、「人間のクリエイティビティ」を刺激すること。3つめは、「メディア露出による広告効果」だという。

 1つめの「WOW!」を生み出せることについては、落合陽一氏著「働き方5.0」より「WOW!」の種類を引用しながら、「AIを活用することで、きれいなデザインや美しいパッケージという段階を超えて、やばい、すごいという人の感情を動かせるところまで、簡単に到達できるようになる」(志村氏)と言及した。

 
 

 2つめの「人間のクリエイティビティ」を刺激することについては、「パステルなめらかプリン」の生みの親でプルシックのオーナーシェフの所浩史氏とコラボして、「AIによる食材選定を参考にすることで、新たに食材同士の相性の良さに気づいた」とコメントをもらった事例を挙げた。AIが新たな可能性へのチャレンジの扉を開くことを説明した。

 
 

 3つめの「メディア露出による広告効果」については、「恋AIパン」は開発費用数百万円程度に対して、広告換算値は5億円以上になることを明かし、「AI技術を使っているという先進性、季節性、社会貢献という3つのポイントを抑えることで、メディアにも取り上げてもらいやすくなる」(志村氏)と知見を共有した。

 
 

 志村氏は、「人間とAIがコラボするには不要だが、人間と人間がコラボするにはパーパスへの共感が不可欠だ」と、一歩踏み込んで言及した。

 「AIは人間の仕事を奪うみたいなイメージがあるけれど、われわれとしてはそうじゃないぞと。AIは私たちを幸せにしてくれる、社会課題を解決できるツールになり得ると考えており、AI Analytics for Goodというパーパスを掲げている。今回、木村屋さんとコラボさせていただけたのも、そこにパーパスへの共感があったからではないだろうか。われわれも、木村屋さんから若年層の方々の恋愛離れをなんとかしたいという想いに共感して、共創につながった」(志村氏)と話す。

 
 
 
 

「AI商品開発」の苦労と成果、今後のトレンド予測

 最後の話題は、「苦労したこと」と「これからの展望」についてだ。2社の異業種コラボでの苦労話を尋ねると、木村屋の神作氏は「未知へ挑戦」、NECの志村氏は「ビッグデータの入手」を挙げた。

 「木村屋では毎月20種類以上のパンを開発しており、トレンドや季節感に応じてコンセプトを描くというのが通常の商品開発のパターンだ。しかし今回は、高校生の恋愛感情をAIが分析したデータをもとに創作するという、従来とは全く異なる開発。セオリーが効かない未知の領域へのチャレンジには大変苦労した」(神作氏)

 「歌詞データを分析しようと思いつくところまではいいが、歌詞データを公開している事業者を探して、企画をお伝えして協力いただくというところが、今回は最も苦労したところだ。でも、長年の日本で歌われてきた歌詞の中に出てきている感情と歌詞の組み合わせだからこそ、皆さんが食べたときに納得感が生まれると考えて、妥協せずに取り組んだ」(志村氏)

 また志村氏は、過去の事例で苦労した点として「流通網」を挙げた。木村屋のように、大きな工場や、自社の店舗やオンライン販売に加えて、イオンなどの大手小売業への流通網を持つ企業と組むことで、社会課題解決へのインパクトが大きくなることを説明して、「とても嬉しかった」と笑顔を見せた。

(左から)木村屋総本店 神作氏、NEC 志村氏
(左から)木村屋総本店 神作氏、NEC 志村氏

 では、チェーンスーパーなど顧客からの反響は、実際のところどうだったのか。神作氏によると、B2Bでの顧客へのヒアリングでは「画期的」「先進的」「メディア露出の効果がある」というプラスの評価を得たそうで、「伸びしろを感じている」と話す。一方のB2Cでは、年配のご贔屓客からは酷評だったそうだが、神作氏は「親とかおじいちゃんおばあちゃんが、今の若いものはって言うのと同じだと思う。興味関心が示されたと点を社内では好評価している」と前向きだった。

 これからますます盛り上がりそうな「AI商品開発」だが、今後の展望やトレンド予測についても話題に上がったのでご紹介しておこう。志村氏は、「画像生成AI」の活用がより進むと話し、「パッケージや食品の色味などについても、アイデアや表現の幅を広げられる」と指摘した。

 またAIチャットの技術向上によって「開発者とAIの相互コミュニケーション」が活発化することで、「人間の案をAIに伝えて、AIがまたアイデアを返す、やり取りを繰り返すことで、より洗練された商品開発ができるのではないか」と見解を示した。

 
 

 実際にNECの社食では、生成AIであるcotomiに「集中力を高める食材を使ったメニューを考えて」とアイデアを出してもらい、最終的にシェフが一工夫を加えたランチが提供されているという。AIと相談しながら商品開発するのが当たり前になる。そんな時代はもうすぐそこまで訪れているようだ。

 
 

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