体内で“ミニ肝臓”を育てる手法は、移植用臓器不足の解決策になるか

移植用の肝臓が不足するなか、あるスタートアップが人の体内で肝臓を育てようという試みを始めている。それは、ドナーの細胞をリンパ節に注入することで、“第二の肝臓”に変えてしまおうというものだ。
Photo of a person holding a new liver.
Courtesy of LyGenesis

史上初の試みとして、科学者のチームが人の体内で小さな肝臓を育てようとしている。そう言われるとSF小説のように聞こえるが、実際にこのアイデアは、2018年に放送された『グレイズ・アナトミー』のエピソードにもあったものだ。そしていま、LyGenesis(ライジェネシス)というバイオテクノロジー企業がこのコンセプトを実現しようとしている。

4月初めLyGenesisが最初のボランティアにドナー細胞を注入したと発表した。目的は、リンパ節のひとつを第二の肝臓に変えることだ。この処置は、12名の末期肝疾患成人患者に対する実験的治療法を検証する臨床試験の一環として、3月25日にヒューストンで行なわれた。

米国の肝移植を待つのは10,000人

通常、そうした患者たちには肝移植が必要だが、ドナー肝臓は不足している。LyGenesisは、健康な肝臓を育てることで、患者たちへの移植の必要をなくそうとしている。「わたしたちはリンパ節を生きるバイオリアクター(生体反応器)として利用します」。そう説明するのは、ピッツバーグに拠点を置くLyGenesisの共同創業者で最高経営責任者(CEO)のマイケル・ハフォードだ。ハフォードは肝臓の質量を10%から30%ほど増やすだけで、末期肝疾患患者には意味のある効果が期待できると語る。

米国では、肝移植の順番待ちリストにおよそ10,000人の名が連なっており、ほとんどの人が数カ月あるいは数年以上待たなければならない。このリストには、新しい肝臓が必要なのに、ほかの健康問題があるため移植を受けられない人は含まれていない。

同時に、ドナー肝臓が移植を待つ患者に必ず適合するとも限らない。血液型が合わないときもあれば、ドナー肝臓に脂肪分が多すぎる場合もある。しかし、そのような肝臓もLyGenesisのやり方なら利用できることになる。ハフォードによると、ドナー肝臓ひとつから、最大75人を救えるだけの細胞を得ることが可能だという。

LyGenesisの科学者は、移植には適さなかった肝臓から肝細胞(肝臓内で最も数の多い細胞種)を取り出し、精製し、それを点滴バッグに集める。次に、その細胞を体内の適切な場所に配置するのだ。

健康なドナー細胞を患者の肝臓に直接注入することはできない。LyGenesisで最高科学責任者を務める、ピッツバーグ大学病理学教授のエリック・ラガッセによると、注入したところで、ドナー細胞は生き残れないそうだ。およそ10年前、ラガッセはリンパ節に新たな肝臓が育つ可能性を見いだした。リンパ節は豆のような形をした小さな組織で、免疫系に属している。感染症を撃退する働きに加え、拡大できる能力をもち、肝臓と同じで血液をろ過することもできる。成人の場合は500から600と、体内にたくさん存在しているため、そのうちのひとつを別の目的に使っても、リンパ節本来の働きが損なわれることはない。

LyGenesisの処置は腹部のリンパ節クラスターを対象としている。このクラスターは肝臓につながる静脈系に含まれている。最初のボランティアに投与するために、医師たちはカメラをつけた細くて柔軟なチューブを患者の喉から消化管まで通した。そして、超音波を使いながらターゲットとなるリンパ節を見つけ、5,000万の肝細胞をそこに注入する。

肝細胞を注入したブタも肝機能を回復

肝臓が自己修復する際に発するシグナルを利用するために、LyGenesisはあえて肝臓に近い位置にあるリンパ節を選んだ。肝臓は体内で自己修復できる唯一の臓器であり、損傷した際には、成長因子をはじめとした分子を放出するのだ。ドナー細胞はそうした分子を利用しながら、新たな細胞を形成すると考えられる。

ラガッセが行なった初期の実験では、マウスのリンパ節に健康な肝細胞を注入したところ、その細胞は見事に成長し、第二の小さな肝臓を形成して、損傷した肝臓の役目を引き継いだ。その新しい肝臓は、本来の肝臓の70%の大きさにまで成長した。「要するに、肝臓は正常な働きに必要な特定の大きさにまで育った時点で成長を止めたのです」とラガッセは言う。

ピッツバーグ大学で、ラガッセらは同アプローチをブタでも試してみた。研究チームは20年に発表した論文で、腹部のリンパ節に肝細胞を注入したブタが肝機能を回復したと報告した。ミニ肝臓のあるリンパ節を調べたところ、血管と胆管のネットワークが自発的に形成されていた。ブタの肝臓の損傷が大きければ大きいほど、第二の肝臓も大きく育った。動物の体が健康な肝臓ができたことを認識し、そちらに肝機能を委託したと説明できるだろう。

「ふたつの動物種において、リンパ節がさまざまな組織や臓器の再生に利用できる実り豊かで肥沃な苗床であると確認できたのは素晴らしい知らせです」と語るのは、カリフォルニア再生医療研究所で治療開発部副部長を務めるアブラ・クリーシーだ。「この発見は、この方法が臓器に問題を抱える患者にとって、健康な臓器を得る新たなルートができたことを意味しています」

生命維持機能を担える肝臓を育てるには

ミシガン大学で肝臓の専門家として活動するエリオット・タッパーもまた、リンパ節を新たな肝臓に変えるという可能性に期待を寄せているひとりだ。「それは肝臓があるべき場所には位置していないのに、肝臓の役割の一部を果たすことができるのです」

タッパーの見解では、LyGenesisのやり方の最大の利点は、血液からアンモニアを除去することにある。末期肝疾患の場合、アンモニアが発生して脳にまで達するようになり、混乱、気分の浮き沈み、転倒、時には昏睡状態を引き起こす。ただし、タッパーは、新しくできたミニ肝臓が本来の肝臓のすべての役目を引き継ぐとは考えていない。新しい肝臓には肝細胞以外の細胞が多く含まれるからだ。

今後解明されなければならない最大の疑問のひとつは、例えば血液のろ過や胆汁の生成など、人間で生命維持に必要な機能を受け継げるほど大きく肝臓を育てるには、どれだけの細胞が必要になるのか、という問題だ。LyGenesisの臨床試験では、今後さらに3人の患者に対して、5,000万の細胞をひとつのリンパ節に注入することになっている。これが「最低容量」とみなされる。それが安全であることがわかれば、続けて4人の患者を対象に、1億5,000万の細胞を3つのリンパ節に注入する。3つ目のグループは2億5,000万の細胞を5つのリンパ節に受け取る。つまり、彼らは体内に5つのミニ肝臓を育てることになる。

この方法の効果はすぐには現れないだろう。ハフォードは、新しい肝臓がもとの肝臓の機能のいくつかを引き継げるほど大きく育つには、2カ月から3カ月が必要だろうと言う。また、臓器移植を受けた患者と同じで、この実験の参加者も、体が新しい細胞を拒絶することがないように、生涯にわたって免疫抑制剤を使用し続ける必要がある。

このアプローチが成功すれば、肝移植に変わる代替治療として、多くの患者の命を救うだろう。タッパーはこう締めくくった。「効果的で安全だとわかれば、この治療法を望む人が間違いなく出てくるでしょう」

(Originally published on wired.com, translated by Kei Hasegawa, LIBER, edited by Mamiko Nakano)

※『WIRED』による医療の関連記事はこちら


Related Articles
article image
新型コロナウイルスの影響で心不全のリスクが高まる可能性が指摘されているが、この脅威に対する布石になりうるのがiPS細胞から作製される心臓組織「心臓オルガノイド」だ。この「ミニ臓器」とも呼ばれる組織は、再生医療やテーラーメード医療に革新をもたらす可能性も秘めている。
Close-up of a surgery
遺伝子改変されたブタの腎臓を移植された米国の男性患者が、このほど退院した。医療チームには今後、患者の拒絶反応を抑えながら腎臓を確実に機能させ続けるという重大なミッションが待ち受けている。

雑誌『WIRED』日本版 VOL.52
「FASHION FUTURE AH!」は好評発売中!

ファッションとはつまり、服のことである。布が何からつくられるのかを知ることであり、拾ったペットボトルを糸にできる現実と、古着を繊維にする困難さについて考えることでもある。次の世代がいかに育まれるべきか、彼ら/彼女らに投げかけるべき言葉を真剣に語り合うことであり、クラフツマンシップを受け継ぐこと、モードと楽観性について洞察すること、そしてとびきりのクリエイティビティのもち主の言葉に耳を傾けることである。あるいは当然、テクノロジーが拡張する可能性を想像することでもあり、自らミシンを踏むことでもある──。およそ10年ぶりとなる『WIRED』のファッション特集。詳細はこちら