「Nothing」の製品は価格が手ごろでデザインも優れているが、それだけでは革新的なブランドとは言えない

カール・ペイはNothingの創業時に、革新的な消費者向け製品を提供するテックブランドになることを約束していた。しかし、中価格帯の質のよいイヤフォンを提供し続けるだけでは、そのような地位を確立するのは難しいだろう。
Closeup detail of latest Nothing earphones
PHOTOGRAPH: NOTHING

『WIRED』がNothingの共同創業者のカール・ペイに新しいブランドについてインタビューした2年前、「誰もテクノロジーに対して情熱をもっていない」とペイは話していた。Nothingは透明なプラスチックを使用した斬新なデザインで知られている。「ハードウェアはどこも同じようなものばかりです。差別化がますますなくなり、消費者はわくわくしなくなりました。人々はもう製品発表イベントを見たいと思っていません」

Nothingはいまでも消費者向け製品の見た目と使い勝手、製品構成を再定義することに注力していると主張している。Nothingの新しいヘッドフォンについて共同創業者のアキス・エヴァンゲリディスに話を訊いた3月下旬、彼はペイが以前に話していたこととほぼ同じことを言っている。

しかしここで指摘しておきたいのが、これまでにNothingはイヤフォンとスマートフォンのみしか発売しておらず、それらがいずれも市場を劇的に変えるものではなかったという点だ。

Nothingは4月上旬、3世代目となるイヤフォンが登場すると発表した。設計を見直し、ノイズキャンセリング機能を備え、名前も新しくなったイヤフォン「Nothing Ear」と、より手ごろな「Nothing Ear (a)」である。しかし、これらは過去に発売した「Nothing Ear (stick) 」と「Nothing Ear (2)」をほんの少し改良したものではないのだろうか。だからこそ、わたしたちはこう問わなければならない。Nothingが、デザインの優れた手ごろな中価格帯の製品を販売するブランド以上のものになる日は来るのか?

ペイが3年前に『WIRED』の取材に応えたとき、彼の会社はヘッドフォンやモバイル端末をつくるだけのブランド「以上のもの」になると語り、本当のイノベーションを起こすことを約束した。イノベーションに向けた資金調達のためとはいえ、こうした“見栄えはいいがまずまず”の製品をいつまでつくり続けるのだろう?

新しいイヤフォンがもたらすものとは?

消費者はアップルの「AirPods」を心底気に入っている。発売以来、「AirPods」は地球上で最も売れているイヤフォンとなった。アップルがこの製品のリブランディングを決めるまで、その地位は揺るがないだろう。

少なくともオーディオの分野においてNothingは、イヤフォンを提供している競合他社とほぼ同じことをしてきた。つまり、AirPodsのような形状をもとに、特別感のある独自の工夫を施したのだ。

Nothingの初代イヤフォン「Nothing Ear 1」で同社のデザイナーは、AirPodsを透明にし、見た目のよい(しかし比較的大きな)充電ケースに入れ、より手ごろな値札を付けて販売した。これは過去10年において、ほぼすべての電子機器メーカーが採用してきた戦略だ。そしてこの戦略は、Nothingにとって、少なくとも将来的な製品開発の資金調達と採用の面においては、成功をもたらしてきた。

Nothingの第1世代のイヤフォン「Nothing Ear 1」にはカスタムドライバーもなかった。

Photograph: Nothing

ケイマン諸島に登記されているNothingは、製品がない状態から既製品の部品を使ってデバイスを素早く組み立て、販売まで漕ぎ着けた(初代「Nothing Ear 1」にはカスタムドライバーさえ搭載されていない)。これは、共同創業者らがOnePlusで築いたコネクションを活用できたおかげだ。OnePlusも、似たような戦略を進めているブランドだ。

Nothingの最初の製品はハードウェアとソフトウェアの連携がよく、競合製品と比較してもかなりしっかりとした音を提供していた。実際に試したところ、いちばんのおすすめ商品に選ぶほどではなかったが、かなりよかったのだ。

第2世代のイヤフォンである「Nothing Ear (stick)」「Nothing Ear (2)」は、カスタムドライバーとよりよいケースを備えていた。しかし、その見た目や使い勝手、音質は、わたしが「〇〇なAirPods」と呼んでいるほかの多くのイヤフォンと非常に似ている。ここで言いたいことを読者のみなさんはきっとわかってくれると思う。つまり、「色が付いたAirPods」や「よりよいイヤーチップが付いたAirPods」、「LDACに対応したハイレゾ音源ノイズキャンセリング機能が付いたAirPods」といった製品のことだ。ほとんどのブランドがそのような製品を提供しており、品質も悪くはない。スマートフォンをつくらなくなったLGでさえ、AirPods似の製品を提供している。成果を出しやすい分野なのだ。

新しいNothing EarとNothing Ear (a)は、性能を少しばかり改良した製品のようだ。「ようだ」と書いたのは、Nothingは『WIRED』に新製品を紹介してほしいと連絡してきたものの、その後こちらから複数回問い合わせたにもかかわらず、掲載可能な画像やバッテリーの持続時間、発売日、価格といった情報をまだ提供してくれていないからである。同社から届いたのは、この記事のいちばん上にある写真だけだ。

Nothingはヘッドフォンの内部に関する情報を少しだけ開示している。とはいえ、実際に製品を確認するまで、それは古いモデルのものと似たようなものとしか言えない。新しくなったセラミックドライバーがよりクリアで鮮明な高音を、内部の新しいアーキテクチャが深い低音を提供すると同社は主張している。また、Nothing Earの新しい適応型ノイズキャンセリング技術により、全体的に5デシベル静かになるという(前のモデルの40デシベル音が減衰し、新型モデルは45デシベル減衰する)。これはよいことだが、驚異的と呼べるほどではない。

こうした漸進的な改良が、Nothingを消費者向けオーディオ製品のトップブランドのひとつに押し上げるのに十分なものかどうかはわからないが、少なくとも他社から遅れをとることはないだろう。アップルもAirPodsとAirPods Proを世代を超えて少しずつ改良してきた。とはいえ、アップルは世界で最も売れている製品も提供している。

Nothingのドライバーの品質

Nothingに新しいものを開発する能力がないというわけではない。最初のヘッドフォンを発売したとき、オーディオの開発に専念する社員は30人だった。エヴァンゲリディスによると社員数は現在300人に増えており、音響専門のエンジニアが5人、新しいアクティブノイズキャンセリング機能のデバッグを担う専任チームには30人もいる。これはかなりの頭脳が開発に投入されているということであり、同社には新モデルや将来発売される製品において目に見えるイノベーションを起こせる力があることがわかる。

もう一度言うが、わたしはまだ新しいヘッドフォンを試しておらず、見てもいない。価格がいくらになるかもわからない。今年の後半に発売される見通しで、サンプル品がレビュアーの元に近々届く予定だ。価格という重要な情報はないが(とはいえ、これまでNothingが発売してきたイヤフォンは100ドルから150ドルだった)、仕様を見る限り、新製品はJLabやJabra、OnePlus、サムスンなどが提供している製品と似た機能をもったもので、競争力のあるイヤフォンのようである。

他社製品はセラミック(ヘッドフォンドライバーには珍しい素材)を採用していないかもしれないが、競合製品の多くも“奇跡の素材”を使っていると謳うカスタムドライバーを採用している点は指摘しておかなければならない。Nothingの商品は確かに何か特別な点があるかもしれない。しかし、それは確実なものではないのだ。

Nothingのふたつの新製品は12mmのダイナミックドライバーを採用し、空気伝導がよくなっている。しかし、この仕様が音楽面で、いまちょうど試している150ドルのCreativeのイヤフォンに採用されているxMEMSのソリッドステートドライバーに匹敵するとは考えづらい。CreativeのイヤフォンもAirPodsのような見た目をしているが、これまでに試したなかで最高のワイヤレスイヤフォンかもしれないと思っている。

実際に聴き比べてみなければ、Nothingのドライバーだって優れたものだと考えたかもしれない。ただし、わたしの考えではソリッドステートドライバーのほうが根本的により優れた技術だ。そしてそれはNothingが容易にライセンスを取得して使用できるものでもある。

イノベーションを起こせるか

それにしても、こうしたことは製品発表イベントの基調講演で見たいと強く望むようなものではない。より優れたヘッドフォンドライバーや静寂が増す構造は、競合製品も提供しているからだ。

これこそ、モバイル端末のような資金が潤沢にあり各社がしっかりマーケティングをしている分野で、マーケティングによる期待を超える劇的な影響を市場に与えることの難しさである。Nothingが第3世代のイヤフォンを発表したのは、アップルがまったく新しいジャンルのモバイルデバイスであるVision Proを公開した数カ月後のことだ。単なる製品をつくるだけではなく、「それ以上のもの」を生み出そうとイノベーションの面で本当に努力をしているのはどのブランドなのかは、言うまでもない。

Nothingは今後、透明なプラスチックのデザインや独自の部品をいくつか搭載した製品を提供するところから脱し、真に最先端の領域で競争できるようになるだろうか。投資に充てる十分な資金を調達できれば、それは可能だと思う。サムスンやグーグル、アップルなどのブランドは、オーディオ部門に300人以上の従業員と、それに見合う予算を充てているのだ。

現状わたしは、専任のデザインチームをもつ会社の新しいイヤフォン(Nothingのイヤフォンを含めて)を試すことを楽しみにしている。製品の進化が少しずつだったとしてもだ。たとえペイがNothingで実現すると約束したことをまだ達成できていなくても、わたしはヘッドフォンのレビュアーであり、企業間の開発競争と夢を追っている人たちが好きなのだ。ほかのブランドと同じように、アップル並みの性能をもちながら、低価格な商品の提供を追求しているNothingのことを評価している。

実を言えば、Nothingのスマートフォンについても同じ印象をもっている。「Nothing Phone (2a)」の基本的なAndroid OSを基ににしたすっきりとしたユーザーインターフェイスとデザイン言語に満足しているし、350ドルの価格帯で購入できる最高のAndroid搭載スマートフォンである点を評価している。

高品質なデザインと実証済みの技術をカスタマイズして搭載した手ごろな価格の製品の開発に注力し続けるなら、Nothingは今後さらに成長し、大きくなれるかもしれない。

しかし、少なくとも現時点において、Nothingを画期的なものを提供するテック企業として語ることはやめる必要がある。Nothingはとても優れた中価格帯の製品を提供する企業だ。そしてそれは悪くない立ち位置である。

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma)

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