進化する高級腕時計がスクエア型から新たな世界最薄まで登場:展示会「W&W 2024」で注目すべき8つのモデル

ここ数年で革新的な製品が次々に登場した高級腕時計の世界が、より“実質的”な進化を遂げている。こうしたなか、高級腕時計の展示会「Watches and Wonders Geneva 2024(W&W)」で見つけた注目すべき8つのモデルを紹介しよう。
「WW 2024」で注目すべき8つのモデル:進化する高級腕時計がスクエア型から新たな世界最薄まで登場
PHOTOGRAPH: ROLEX

高級腕時計の展示会「Watches and Wonders Geneva 2024(W&W)」に先立つ2年間には、ロレックスの絵文字ウォッチから合成カラーダイヤモンド、3Dプリントされたゴールド、光を吸収するケース、さらにはストームトルーパー色のメタバースウォッチまで登場した。この高揚感と奮闘の2年を経て迎えたW&W 2024は、前回と比べると精彩を欠く印象である。

おそらくこれは、市場で高まっている不確実性に主要なブランドの最高経営責任者(CEO)たちが気付いたからだろう。スイス時計の輸出は一時期は記録的に好調だったが、その後は減速している。モルガン・スタンレーがWatchChartsと共同で作成したレポートによると、2023年第4四半期の流通市場価格は下落した。これは7四半期連続の下落である。

これらの状況から考えると、ジュネーブの展示会場に並んだ世界的な有名ブランドの新作の多くが精彩を欠いていたとしても驚きではない。それでもありがたいことに、紹介に値する時計を見つけることができた。それを以下に紹介していこう。

世界で最も薄い腕時計の記録を更新

ブルガリ「オクト フィニッシモ ウルトラ COSC」

リシャール・ミルが昨年、厚さ1.75mm(25セント硬貨の厚みとほぼ同じ)と驚異的に薄い「RM UP-01フェラーリ」でブルガリから世界一薄い時計の称号を奪ったことを覚えているだろうか。しかし、ブルガリは明らかにその座を奪われたことを悔しがり、「オクト フィニッシモ ウルトラ COSC」を発表して栄冠を取り戻したのだ。

PHOTOGRAPH: BULGARI

この新しいオクト フィニッシモの厚さは、リシャール・ミルの製品よりも0.05mm薄い1.70mm。40mmの本体ケースには170個の部品からなる手巻きムーブメントが内蔵されており、このような細身の製品に必要な耐久性を確保するために、裏蓋はタングステンカーバイド製となっている。

時計の製造におけるこのような偉業に見合う対価はどのくらいだろうか。20本限定生産のこの記録破りの時計をもとうとする人は、50万ドル以上を支払うことになるだろう(正確には52万9,000ドル=約8,100万円だ)。

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月の満ち欠けを4,500万年間も正確に表示

IWC「ポルトギーゼ・エターナル・カレンダー」

IWCの「ポルトギーゼ・エターナル・カレンダー」は、大きな数字に対処している。例えば、永久カレンダー機能(日・月・年を表示)は修正なしで400年間にわたって動作する仕組みだ(従来の永久カレンダーは、もし数えている人がいればだが、1世紀ごとに調整が必要になる)。

月相表示の機能は、さらに大かがりだ。4,500万年にもわたって月の満ち欠けを正確に表すように計算されており、この間に生じるずれはわずか1日である。

PHOTOGRAPH: IWC

これだけの精度を可能にしたのは、歯車の構造に関する驚くべき数学の技だ。開発チームは歯車の歯の比率、数、形状についての組み合わせを22兆通りに絞り込み、(専用のコンピューターシミュレーションを使って)解を導き出したのである。

必要なマイクロ公差の精度を確保するために、歯車は微細加工のLIGAを用いて製造された。この工程では先進的なフォトリソグラフィーの手法によって、実験室で部品をナノ単位で一層一層効率的に“成長”させる。価格は約21万ドルするが、これを400年、あるいは4,500万年に分散させれば、はるかに手ごろなものになるだろう。

スクエア型時計の進化形

タグ・ホイヤー「モナコ スプリットセコンド クロノグラフ」

スティーブ・マックイーンや「ブレイキング・バッド」のウォルター・ホワイトが愛用したタグ・ホイヤーの有名なスクエア型時計は1970年代の名作だが、近年はハイテクを駆使してその“現代版”の開発が進められている。新作「モナコ スプリットセコンド クロノグラフ」は、その頂点と言えるだろう。

スプリットセコンド(ラトラパンテ)と呼ばれるこの複雑なメカニズムは、トップレベルの古典的な時計製造技術(例えばパテック・フィリップが得意とするような)から生み出される。このメカニズムをもつ時計にはストップウォッチの秒針が2本あり、別々の時間間隔(ラップタイムなど)を同時に計測可能だ。

PHOTOGRAPH: TAG HEUER

タグ・ホイヤーの新作は決してクラシカルなものではなく、むしろブルータリズムに近い趣がある。ケースは軽量のチタン製で、それを挟むのはサファイアクリスタルの厚板。これによりタグ・ホイヤーに特徴的な建築的要素をもつスケルトン文字盤を通して、複雑な機構に光が差し込む。価格は13万8,000ドル(日本では1,672万円)で、手作業による仕上げが丁寧に施され、カスタマイズ用のオプションも用意されている。

ゴールドモデルという“派手”なテーマ

ロレックス「ディープシー」、チューダー「Black Bay 58 18K」

ハイエンド製品の世界では、2023年のトレンドである「静かなラグジュアリー」がまだ話題だ。しかし、今年のW&Wでロレックスとチューダーが発表した新作には、驚くべきことに「ゴールド」(しかも大量の)という共通した極めて“派手”なテーマがあった。

ロレックスは18金ゴールド製でケース径44mmの新しい「ディープシー」を発表した。このモデルは最大3,900m防水で、とても重い(マリアナ海溝の底まで高速で引きずり込まれるかもしれない)。実際にロレックスは取材に対し、この時計は裏蓋がRLXチタン製であるにもかかわらず、ロレックスがこれまでに製造したなかで最も重い製品であると説明している。だが、このずっしり重い52,100ドル(日本では751万800円)の時計を試着してみたところ、多くの人が思うよりも付け心地がいいことが確認できた。

PHOTOGRAPH: ROLEX

チューダーは3年前にもゴールドモデルを発表しているが、今回はロレックスに負けじとイエローゴールドのブレスレット付きの「Black Bay 58 18K」を発表した。まるで自らが始めたことを完成させたようでいて、しかも非常にスタイリッシュな仕上がりになっている。

ケース径39mm、マット&サテン仕上げ、200m防水、パワーリザーブは70時間。価格は32,100ドル(日本では448万8,000円)だ。かなりの額で、前回の18金Black Bay 58 18K(豪華ストラップなし)の18,000ドル(同252万100円)よりかなり高くなっている。

PHOTOGRAPH: TUDOR

サマータイムにも対応したワールドタイムウォッチ

ボヴェ「Récital 28 Prowess 1」

ワールドタイムウォッチの問題点は、サマータイムを採用する国の夏時間 (DST)への変更に対応できないことである。一時しのぎの対処法こそあるが、包括的な解決策はなかった。

しかし、それも過去の話だ。スイスの超高級時計メーカーのボヴェが「Récital 28 Prowess 1」を発表したのである。サマータイムに伴う時刻変更に対応した時計だ。

PHOTOGRAPH: BOVET

いったい、どうやって対応したのだろうか。答えは画期的なローラーシステムを採用したことで、ボタンひとつでUTC(協定世界時)、AST(アメリカ夏時間)、EAS(ヨーロッパ、アメリカ夏時間)、EWT(ヨーロッパ冬時間)を表示するように設定できるようにしたのだ。文字盤上に24のタイムゾーンが表示されており、どのタイムゾーンにおいてもこれらの時刻を表示させられる。

時刻の読み取りは簡単だが、構造は驚くほど複雑だ。ボヴェが1年に製造できる数が8本のみと見積もっているのも、そのせいかもしれない。

この時計は永久カレンダーとフライングトゥールビヨンを搭載しており、価格は65万スイスフラン(約1億900万円)。開発は2019年から進められており、ボヴェは独自のDST関連機能を完璧に実現するために最初につくり上げたバージョンを破棄し、もう一度最初から全部つくり直したという。

タイムゾーンの時刻と日付表示が同期

パテック・フィリップ「ワールドタイム 5330G-001」

ワールドタイムウォッチといえば、時計製造で多くの偉業を成し遂げてきたパテック・フィリップは、24のタイムゾーンをひとつの時計に表示する複雑機構「ワールドタイム」の絶対的な元祖である。パテック・フィリップは1937年からワールドタイムウォッチをつくっているが、それでもまだ革新を続けている。

パテック・フィリップの新モデルには、国際日付変更線を一度またいで、再びまたいで戻っても問題の生じない日付表示の仕組みが搭載されている。この日付表示は非常に精緻なものだが、持ち主のニーズに合わせて調整可能だ。

PHOTOGRAPH: PATEK PHILLIPPE

どういうことだろうか。ワールドタイムウォッチでは、中央の針がいまいるゾーンの時間(ローカルタイム)を示し、ほかのゾーンは回転する24時間制リングに表示される。移動中にローカルタイムのゾーンを東または西に動かすと日付変更線を越えてしまう可能性があり、その場合は日付の修正が必要になる。

こんなとき、76,590ドル(日本では1,155万円)するパテック・フィリップの「ワールドタイム 5330G-001」なら、日付が1日先か1日前に自動修正される。コンセプトはシンプルだが機械としては複雑で(パテック・フィリップが特許を保有している)、表示方法それ自体が革新的だ。具体的には、文字盤外周の日付の数字を指し示す針が、ほかの文字盤表示の読み取りを妨げないように極薄のガラス板でつくられているのである。

CO2からつくったファイバー素材を活用

モンブラン「1858 ジオスフェール CARBO₂ ゼロ オキシジェン リミテッドエディション」

丈夫で軽量、そしてさまざまな感触を感じさせるカーボンファイバーは、高級時計業界にとってお気に入りの現代的な素材だ。カーボンファイバーについてはサステナビリティを証明する取り組みが熱心に進められており、あらゆる機会に(強引に思えることも多いが)アピールされている。

こうしたなかモンブランは、新作「モンブラン 1858 ジオスフェール CARBO₂ ゼロ オキシジェン リミテッドエディション」において環境保護に関する具体的な主張は控える分別を見せながら、サステナビリティ分野の新技術を巧みに活用している。

PHOTOGRAPH: MONTBLANC

ここ数年、カーボンファイバー複合材の製造に貯留・隔離された二酸化炭素(CO2)を利用する研究が複数の機関で進められている。モンブランのサプライヤーは、バイオガスの製造過程で排出されるCO2やリサイクル工場から排出される廃棄鉱物を回収し、そこからナノファイバー複合材に使われる粉末(CARBO₂)を得ている。

この粉末を使用して、このスポーティなクロノグラフ(9,100ドル、日本では130万200円)のケースが製造されるわけだ。そこにはモンブラン独自の回転式地球儀を配したGMTの表示画面があしらわれている。

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

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