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​​ファッションの脱未来:SZ Newsletter VOL.231

わくわくするような創造性と、環境汚染産業として悪名高い産業構造が相まった「ファッション」において、その未来をいかに解体し、新たな未来を再生できるだろうか? 編集長からSZメンバーに向けた週末のニュースレター。
編集長からSZメンバーへ:「​​ファッションの脱未来」SZ Newsletter VOL.231
JOHN LAMB/GETTY IMAGES, WIRED JAPAN

最新号「ファッション」特集でも紹介しているPOSTALCOの京橋の店舗に先週行く機会があった。チームメンバーの送別用にステーショナリーを物色しに行ったのだけれど、『WIRED』の創刊エディターであるケヴィン・ケリーを愛読しているというPOSTALCOのプロダクトデザイナーがつくる服に興味津々でもあった。そして案の定、そのユニークで立体的なフォルムによって身体と対話し、身体を自由にしてくれるという一品に一目惚れしてしまった。

一方で、先週のこのニュースレターで書いた「de-futuring(脱未来化)」というコンセプトにとって、現状の「ファッション」という領域はまさにデザイン理論家トニー・フライが言うところの「現在のデザインやその実践が未来の可能性を奪っていく=脱未来化」のど真ん中に位置している。つまり、デザインやクリエイションが最も先鋭的に表現される現場であるにもかかわらず、全体で見れば「世界第2位の環境汚染産業」と言われるように、現在や未来を消費し毀損することでしか成立し得ないような構造が立ち現れているのだ。

だからこそ、ファッションは一度、脱構築されなければならない──そんな意図で「脱未来化」という言葉を使ってくことを前回書いたところだ。その意味では、『WIRED』最新号のファッション特集も、脱未来化/再未来化の契機を探るために企図されたものだ。そこでは新しい素材や再生技術のイノベーションと限界を取り上げ、あるいは、デザインやクリエイティブマインドを再未来化のために注ぎ込む国内外のクリエイターたちを紹介している(POSTALCOのように)。そして、三部構成の特集の最後に据えたのが、「自分たちでつくる」というパートだ。

というわけで、年が明けた1月頭にラスベガスで開催されたCESに出張した足でそのまま向かったのは、アリゾナ州のフェニックス空港からもニューメキシコ州のアルバカーキ空港からもクルマで4時間ほどかかる人里離れた山の中、アウトドアツールを自作するMYOG(Make Your Own Gear)ムーブメントやUL(ウルトラライト・ハイキング)の父として知られるレイ・ジャーディンの自宅だった。一見すると「ファッション」特集とはかけ離れているように思えるかもしれないけれど、結局のところ、服の素材や縫製、あるいはクリエイションについて、服を「買う」側のわたしたちがもっとよく知るための確実でささやかな最初のステップは、「自分でつくってみる」ことにあると考えたからだ。

それから3カ月、桜が満開を迎えた4月6日に湘南T-SITEで開催した雑誌最新号刊行記念イベントでは、日本でULカルチャーを牽引し、自らがMYOGから出発した大人気の山道具メイカー「山と道」の夏目彰さんをお迎えし、「本当に必要な道具とは何か」というテーマで「つくる」についてさらに視座と思索を深めていく対話を行なう機会があった(ちなみに湘南T-SITEではいま、『WIRED』編集部がセレクトした関連書籍とともに「ファッション特集」フェアを開催中だ)。

優れた道具をつくるだけでは、必ずしも優れた使い方をされる保証はなく、だからこそ販売と購入の間にコミュニケーションや信頼を生み出す方法を模索し、コミュニティの構築から販売方法にまで一貫してこだわるその哲学と実践をはじめ、売上を最終ゴールにしていないから売上報告を社員に求めないとか、日本の縫製技術と職人を再生するために鎌倉に縫製工場を建設予定という話など、「山と道」の近年の取り組みは「メイカー」の領域を超えて拡がり、まさに「リジェネラティブ・カンパニー」と呼べるものになっている。そんななか、特に印象に残っているのが、Q&Aの時間に出た質問だった。

それは、「スニーカーのようにリユースの市場がしっかりあって、発売時よりも価値が上がっていくような例はファッション全般では実現できないだろうか」といった問いだった。ちょうどNRI(野村総合研究所)のプロジェクトを『WIRED』がご一緒するなかで「ニューエコノミーと生成AI」について取り組み、ニューエコノミーの最も根本的なテーゼのひとつである「減価するアトム/増価するデジタル」という枠組みを改めて考えていたタイミングでもあった(成果となる冊子が近々完成予定だ)。例えば、野村総合研究所による著書『デジタル増価革命』では、「デジタルによる7つの増価メカニズム」として以下を挙げている。

  1. ネットワーク効果
  2. マッチング効果
  3. 学習効果
  4. 時間制約緩和効果(いつでも効果)
  5. 空間制約緩和効果(どこでも効果)
  6. ユーザー参画効果(だれでも効果)
  7. 可視化効果

例えば空間コンピューティングがそうであるように、物理(アトム)世界にデジタル情報のレイヤーを重ねることでそれを計算/操作可能なものにし、これまで時間の経過とともに劣化していた物理オブジェクトを、増価するメカニズムに反転させることは、いまお読みの文字テキストからクルマや家電、都市そのものまで、いまや生活のあらゆる場面で起こっている。では、ファッションにおいてはどうだろう? 確かに、古着をリメイクするアップサイクルもいまや一般的で、最新号でもREBUILD BY NEEDLESを紹介している。でも同じく最新号の企画「TEXTILE 101 その服、なんでできているか知ってる?」にあるように、循環型のビジネスモデルとされるもののうち、「Resale」や「Repair」に比べて、「Upcycle」や「Rental」は手間やコストの点からスケールがまだ難しいのだと言う。

もちろん、デジタルに限らずその糸口はある。「山と道」の夏目さんは、自社のプロダクトがリセールで定価よりも高値で売買されていると指摘する。これはやみくもな売上や大量消費を煽らず、定番を売り続け、ユーザーとのコミュニケーションを重視し、それを可能にする流通・販売体制を維持する(つまり、誰もが欲しいと思ってもすぐには手に入らない)同社のスタイルによるところが大きいだろう(その反対が、ファッション業界が半年ごとに企てる計画的陳腐化だ)。もっと言えば、冒頭でご紹介したPOSTALCOや、先月SSの発表に足を運んだYUIMA NAKAZATOなど、新作の見本展示を見て注文し、数カ月後に商品を受け取るような「受注生産」と「売り切れ御免」が当たり前の購買習慣になる未来は、ことファッションに関しては可能性があるように思う。

その上で、夏目さんが指摘した「増価というものが、社会的な価値のことなのか、あるいは個人的な価値のことなのか」という問いは改めて重要だ。つまり、社会一般の価値としては上がらなくても、“あなた”にとっての価値が時間とともに上がることは往々にしてあるじゃないか、というわけだ。長年愛用することで手に馴染んだ(廃番の)ツールとか古着の風合いなどはその代表例だろう。何よりも、脱未来化/再未来化を考えていくときに、社会的な価値や社会的な“正しさ”をその駆動力にするよりも、個人的に感じる価値を駆動力としたほうがパワフルである、という仮説は今後も携えていきたいと思う。

というわけで、ファッションにおける de-futuring / re-futuringを考えてみよう。

例えば、生成AIのプロンプトによって3Dモデリングさえ誰もが手軽に行なえる未来はすぐそこにある(そう、メイカームーブメント生成AIの登場を待っていたのかもしれない)。世界中のデザイナーやクリエイター、メイカーがつくった衣服のひとつをもしあなたが気に入ったならば、その物理的な服自体は着古しても修繕しながら着続けるかもしれない一方、そのデザインの3Dデータがあれば、それに自ら手を加え、自分の体型や成長や好みに合った形にパーソナライズしたものを再び発注して着用したいと思うかもしれない。

自らが月日をかけて体験した着心地や愛着といったフィードバックや、それに基づいてアップデートを重ねたデータの履歴と蓄積は、時間とともに増価し、あなたにとって(あるいはマーケットにとっても)無二の価値となるかもしれない。さて、はたして、そんな未来はあり得るだろうか? 本当に誰もが(と言わずとも多くの人が)服をパーソナライズしたいと思うだろうか? あるいはこれも、デジタル時代の凡庸なパーソナライズ願望のひとつに過ぎないのだろうか?

あなたにも「お気に入りの一着」があるはずだ(もちろん、何着もあればもっといい)。自分だったら、その一着との、文字通り肌が合う関係を大切にしたいと思うだろう(それだけ、自分に合う服を見つけるコストは高いと感じている)。「デジタルオートクチュール」とはいまのところ、NFTやメタバースの文脈で語られているけれど、本当のところ、NFT(ブロックチェーン)はサプライチェーンのトレースに、メタバース(XR)は試着に、というストレートな使い方がいいだろう。物理的なアトムとデジタルの情報が重なるニューエコノミーによって、ファッションは産業革命以来の次の変化を迎えようとしている。

『WIRED』日本版編集長
松島倫明

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ファッションとはつまり、服のことである。布が何からつくられるのかを知ることであり、拾ったペットボトルを糸にできる現実と、古着を繊維にする困難さについて考えることでもある。次の世代がいかに育まれるべきか、彼ら/彼女らに投げかけるべき言葉を真剣に語り合うことであり、クラフツマンシップを受け継ぐこと、モードと楽観性について洞察すること、そしてとびきりのクリエイティビティのもち主の言葉に耳を傾けることである。あるいは当然、テクノロジーが拡張する可能性を想像することでもあり、自らミシンを踏むことでもある──。およそ10年ぶりとなる『WIRED』のファッション特集。詳細はこちら