米東海岸の一部地域をマグニチュード4.8の地震が襲った4月5日、アパートメントの部屋で安全を確保しながらこう思った。「隣人が洗濯機を動かしたせいで建物が激しく揺れているのだろうか。それとも、状態の悪い配管がついに盛大に破裂する寸前なのだろうか」──。
そのとき、ペンシルベニア州在住の主夫であるジャスティン・アレンは、おそらく地震の際には絶対にいたくないであろう場所にいた。病院の診察台に横たわった状態で医師の処置を受け、避妊のためのパイプカット手術を受けていたのだ。彼のそばには、鋭い手術器具が並んでいた。
病院を出て薬局に駆け込んでから、約30分後。アレンは、この手術のあまりに“最悪”のタイミングについて電話で取材に応じてくれた。
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──まず最初にお聞きしたいのですが、体調は大丈夫ですか?
はい、大丈夫です。いま帰宅したところなので、ようやくリラックスできそうですね。
──今回のパイプカット手術が始まる前から緊張していたのでしょうか。
実は白衣高血圧症[編註:緊張していると“高血圧”と診断されるほど血圧が上がる症状]なんです。病院に入った段階で血圧はかなり高くて、間違いなく緊張していました。担当医が順を追って説明してくれたので気持ちが落ち着きましたが、そもそもこういうシーンが苦手で。
──手術のどの段階で地震が起きたんですか?
おそらく、手術は半ばに差しかかっていたと思います。だいたい午前10時(米東部時間)ごろに始まって、地震があったのは10時24分か25分くらいでしたから。
──そのとき診察台ではどんな様子だったのでしょう。
わたしは横たわった状態でした。医師が必要な措置をしている最中に建物全体が揺れ始めたんですが、最初は何が起きているのかわかりませんでした。明らかに地震のように感じられましたが、地震が多い場所ではありません。電車が近くを通過したのか、それとも別の原因で揺れているのか、よくわからなかったんです。
すると担当医が、「なんてことだ。地震だ」と言ったんです。からかっているのかと思いましたよ。楽しい雰囲気にしようとしてるんじゃないかってね。でも、揺れが続いて、部屋の外の受付の人が大きな声で「地震だ」と言い始めました。それで「うわ、本当に地震なんだ」と思いました。
担当医が手術器具を置いて、「地震って、普通どのくらい続くものなんでしょうか?」と尋ねると、看護師が「1〜2分くらいだと思いますよ」と答えていました。そこで措置が中断され、わたしたちは待機し、揺れが収まると同時に手術は再開しました。
──つまり、揺れが起きると同時に手術が止まったわけですね。
そうだと思います。そのとき、手術で必要な措置のある段階を終えようとしていましたが、医師は手術器具をいったん置いて、しばらく様子を見ていました。
──そのときはどんな気分でしたか?
お互いに笑ってましたよ。そんな経験は初めてでしたからね。危険な地震とは感じられませんでしたし、ちょっと揺れた程度でした。医師や看護師たちとは、「地震の瞬間どこにいたか一生忘れないだろうね」なんて冗談を言い合いました。
今後も、この話をずっとし続けるでしょうね。「(米国では地震が多い)カリフォルニアに住んでるわけでもないのに、パイプカットの瞬間に地震が起きたんだ!」とか、そんな感じです。東海岸ではめったにないことなので、驚いたことは間違いないありません。
──今回の出来事が、手術すべきではない兆候のように感じられたりしませんでしたか。
それはなかったです。「ああ、もしかたら手術すべきじゃなかったかも」なんて、冗談で言うくらいの話でしょうね。手術を中止しようと真剣に考えたりはしなかったです。
本気で中止するようなことではありませんし、むしろおもしろがったりしていました。わたしとしては、「一般的には何かの兆候かもしれないけど、手術は絶対にやめるな、やり続ければいいってことかな」くらいの感じでしょうか。何かの兆候だったのかもしれませんが、普通は手術をやめることはないでしょうし、続けるだけでしょうね。
──医師はどの時点で手術を再開したのでしょうか。揺れが収まった直後からですか?
手術の手順について、改めて一つひとつ説明してくれました。何度も冗談を言い合いましたよ。とにかく風変わりな体験でしたね。医師にとっても想定外のことでしたから。とてもおもしろかったです。
──無事に手術を終えたわけですが、このあとどう過ごしますか?
患部を冷やしてゆっくり過ごします。
──地震があったことを除けば、すべて計画通りだったわけですね。
はい、すべて予定通りに終わりました。Twitterですぐにバズるとは思ってもいなかったですけどね。友人に笑いのネタを提供したくらいの感覚でした。でも、そのあと地震についての検索やトレンドの検索が増えて、バズったというわけです。
──今回のパイプカットについては、どのくらい前から計画していたのでしょうか。
今年の2月29日に2人目の子が生まれたんです。その娘に問題が生じないように、妻が無事に出産できるようにしたかったので、手術は予定日の1カ月ほど後に決めました。確か去年の11月に手術を予約したと思います。娘が生まれてから1カ月後くらいに手術することを想定していたんです。
──ご家族は今回の出来事について、どのように受け止めてらっしゃいますか。
うちの妻も笑ってましたよ。最終的にバズったりするのは普通のことじゃないですし、いつだって最もばかばかしいことですから。
それに、起きたことを冗談のネタにしているのはわたし自身です。コロナ禍に義理の母が(キリスト教の典礼日である)「灰の水曜日」に教会に行ったとき、パルメザンチーズを振る筒型の容器で頭に灰を振りかけられた、なんてことをSNSで話題にしていた時期もありましたね。こんなおかしなことが立て続けに起きるのは、わたしたちの家族だけかもしれません。
(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)
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