非営利団体が「一国の歴史」の公式記録保管者に。カリブ海の楽園アルバの取り組み

非営利団体のInternet Archiveはこの度、オランダ王国の構成国であるアルバの記録資料の公式保管者となった。少ない予算で資料をデジタル化できるメリットは大きいが、民間団体に頼ることにはリスクもある。
Conceptual image of a red laptop resting on a yellow background with a hard shadow
Photograph: Getty Images

デジタルアーキビストのステイシー・アルゴンディッツォにとってカリブ海の島、アルバは以前から特別な場所だった。アルゴンディッツォの家族は毎年7月になると、この小さな島で休暇を楽しんできたのだ。でも最近では、息抜きする場所以上の存在になっていた。デジタルアーキビストであるアルゴンディッツォにとって、アルバ全体が仕事の対象となったからだ。

アルゴンディッツォが推進したプロジェクトの成果が現れたのは4月上旬のことだ。非営利団体Internet Archive(インターネットアーカイブ)がアルバの国立図書館、国立アーカイブ、考古学博物館、アルバ大学を含むほかの機関のデジタルな資料を「Aruba Collection」として掲載するようになったのだ。「Aruba Collection」にこれまで保存されたのは、40,000の文書、60,000の画像、7つの3Dオブジェクトを含む10万1,376点だ。その数は島の人口1人につき約1点の資料が掲載されている計算になる。

Internet Archiveは、政府機関が永続的な保存を奨励していないウェブサイトなどのオンライン資料を保存していることで知られている。一国の歴史のバックアップを担うことは、この非営利団体を新たな境地へと導き、できるだけ多くの情報をオンラインに移行させるという同団体のミッションの実現を後押しするものだ。

「アルバのプロジェクトの特徴的な点は、国の文化遺産を守る主要なプレーヤーの全員が協力していることです」と、Internet Archiveの図書館サービスのディレクターを務めるクリス・フリーランドは語る。「これは素晴らしい声明です」。プロジェクトの資金はInternet Archiveがすべて出資しており、基本的には誰でもコンテンツをアップロードできるという方針に沿ったものとなっている。

歴史資料を失わないために

アルバのプロジェクトが動き出したのは2018年のことだった。当時Internet Archiveで働いていたアルゴンディッツォは、アルバの歴史を保存するためにできることはないかと考えていた。島は波瀾万丈な歴史をたどった──スペイン、その後オランダの植民地になったのだ。こうしたことから、この島の歴史資料には晴れた日の様子を描いた古いポストカードから、奴隷貿易やベネズエラの石油ブームにおけるアルバの役割に関する書籍まで、さまざまなものが含まれている。

アルバはハリケーンの被害に遭うことは少ないが、猛烈な嵐など極端な天候がアルバの物理的な歴史資料を台無しにしかねない状況をアルゴンディッツォは危惧していた。「すべて失う危険性と隣り合わせでした」と彼女は話す。

そこでアルゴンディッツォは、アルバの国立図書館の情報専門家であるピーター・ショリングに連絡をとった。アルゴンディッツォがアルバを訪れた際、ふたりは首都オラニエスタッドにある図書館のカラフルな本部建物で落ち合った。図書館の短いツアーは、マラソンのような会話に変わったという。「すぐに意気投合しました」とアルゴンディッツォは話す。

少ない予算で実現可能なモデル

ショリングもアルゴンディッツォと出会えたことを喜んでいる。「Internet Archiveにたどり着くまで、たくさんの障害にぶつかりました」と彼は言う。記録文書を保存する作業は労働力とリソースを大量に使う。大量の古びた厚い本や数十年も前の新聞を検索しやすいファイルに変換することは容易ではない。また、デジタル化の予算は「少なく」、プロジェクトの規模は人口約11万人のアルバにとってあまりに大きかったとショリングは話す。

資金は少なかったが、アルバにはプロジェクトに使用できるスキャン用の機械があった。とはいえ、数世紀前の筆記体を解読して現代の読者が読みやすいデジタルな文字に変換するアルゴリズムを含め、広大な記録資料の整理に使えるソフトウェアをInternet Archiveは提供した。

アルバの植民地としての過去は、歴史的な文書があちこちに散らばっていることを意味していた。「資料が分散していました」と、アルバ国立アーカイブの記録資料の保全・管理部長を務めるエドリック・クローズは語る。オランダ、スペイン、米国、そしてキュラソーなどほかの島を含め世界中にスキャンすべき資料が分散していたのだ。オンラインで文書を探せるハブを確立することが特に重要だったとショリングは指摘する。海外にいる研究者が、実物の記録資料を詳しく調べるためにアルバまで出向く必要がなくなるからだ。

国が国外の非営利団体にこうしたプロジェクトを外注することは珍しい。「すべての国の国立図書館が素晴らしい人員を雇うのに十分な資金を割り当てられていることが理想です」と、ウォータールー大学の歴史学の教授、イアン・ミリガンは話す。ミリガンはInternet Archiveの起源についての本を執筆しているが、アルバのプロジェクトには関与していない。「しかし、そのような政府はあまりありません」

Internet Archiveがこれまで一国の記録資料の管理者になったことはないが、世界中の多くの国立図書館および地域の図書館とは協力してきた。11年には、インドネシアの島の省庁であるバリの文化事務所(Culture Office of Bali)と協力し、当時の事務所が「バリ文学の9割」と説明する資料を保存している(この資料は現在、Internet Archiveの「Balinese Digital Library」に収録されている)。

アルバのアーキビストは、ほかの国々も同国のデジタルな足跡をたどることを期待している。「多くの小さな島や発展途上国、さらには大きな国でもリソースが限られている場合に適用できる、実現可能なモデルです」とショリングは言う。

現在進行形の法的な問題も

資金不足のアーキビストにとって、Internet Archiveとの提携は最適な解決策のように思える。しかし、潜在的なパートナーは、他国の民間団体に依存することについて考える必要がある。

「デジタル記録の保存について考えるとき、技術的な課題が気にかかるでしょう」とウォータールー大学のミリガンは言う。「しかし、最大の課題は社会的な課題、人間の課題です。50年後も存続している組織をつくるにはどうしたらいいでしょう?」

存続の面において、Internet Archiveは「持続可能な構造」をもっていることをミリガンは認めている。ただし、それで問題がすべて解決するわけではない。Internet Archiveは現在、ユニバーサル ミュージック グループ、キャピトル・レコード、ソニーをはじめとする主要なレコードレーベルからの訴訟を含む、いくつか深刻な法的な問題に直面している。音楽レーベルが求めている損害賠償は総額で4億ドル(約600億円)を超える可能性があり、これはInternet Archiveの存続において脅威となる。

これに加え、Internet Archiveは新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)中に設立したデジタルの貸出図書館についても、出版社から訴えられている。同団体のデジタル化の能力は多くの国家よりもはるかに強力だが、著作権者やテック企業との対立が激化するなかでその未来は不確実な状況にあるのだ。

アルバから信頼を得たことは、特にタイムリーだとInternet Archiveは感じている。「こうした問題に直面しているときに、アルバが資料を追加し、コンテンツをアップロードし続けていることは本当に励みになります」とInternet Archiveのフリーランドは語る。「わたしたちは長期を見据えて取り組んでいるんです」

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma)

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