法によるプラットフォームのメタデザイン:水野祐が考える新しい社会契約〔あるいはそれに代わる何か〕Vol.16

法律や契約とは一見、何の関係もないように思える個別の事象から「社会契約」あるいはそのオルタナティブを思索する、法律家・水野祐による連載。今回は、デジタルプラットフォームと法規制の現在地を整理しながら、「メタデザイン」の観点で2024年以降の動向を考察する。
法によるプラットフォームのメタデザイン:水野祐が考える新しい社会契約〔あるいはそれに代わる何か〕Vol.16
ILLUSTRATION: HARUNA KAWAI

デジタルプラットフォーム(以下、プラットフォーム)は、21世紀の新しい財であるデータを収集、解析、利用等することで独自の経済圏を形成し、データ駆動型のネットワーク効果と相まって、市場における支配的な地位を築き、資本主義社会に君臨している。このようなプラットフォーム資本主義社会において、プラットフォームはプログラム・コードというインターネットの物理的・技術的構造である「アーキテクチャ」の設計者として、わたしたちの生活を規律し、国家と同等あるいはそれを凌駕する影響力をもつに至っている。

だが、その設計者として権力をもつビッグテック企業の幹部は選挙で選ばれているわけではなく、その影響力に比してプラットフォームを規律する法も驚くほど少ない(銀行やテレビ局など伝統的なプラットフォームが各業法により厳格に規律されているのとは対照的だ)。

1996年、ジョン・ペリー・バーロウは「サイバースペース独立宣言」において、インターネットは被治者の同意から権力を得ている政府と異なり、いかなる国家の主権も及ばないこと、このグローバルな社会空間に新たな社会契約が形成されつつあることを高らかに宣言した(同宣言は当初ネットで公開され、その後、米国のWIRED誌にも転載された)。同宣言が体現していたのは、表現の自由に裏付けられた情報の自由な流通と自治に基づく初期インターネットの理念であり、この理念はネットが現代社会のインフラとして徐々に制度化されていった今日に至るまで、インターネット・ガバナンスの基調となってきた(プラットフォームを規制する法が相対的に少ないのもこの理念に起因するといって差し支えないだろう)。

しかし、プラットフォームに起因する人権侵害や格差の拡大、民主主義への脅威などの問題が次々と深刻化し、近年、法によるプラットフォーム規制が積極的に検討されるに至っているのは周知の通りだ。

プラットフォーム規制は、当初、消費者保護法やプライバシー、競争法等の個別の法領域の問題として修正が図られてきた。だが、EUでは、2018年に施行された包括的な個人データの保護を規定するGDPRが嚆矢となり、違法コンテンツや偽情報などの取り締まりを義務づけるデジタルサービス法(DSA)や、プラットフォーム企業の包括的な義務や禁止事項を規定したデジタル市場法(DMA)、AI開発・利用に関する包括的な規制を定めるAI法(24年施行予定)など、矢継ぎ早に法規制が進められている。DSA/DMAは「テック企業が自主規制を行なう時代に終止符を打つ」ことが企図され、個別法を修正するかたちから包括的な規律法を制定する手法の転換も見て取れる。

日本では、従来から存在する電気通信事業法に加えて、21年にデジタルプラットフォーム取引透明化法が施行され、情報開示と自主規制を通じてプラットフォーム企業に行動変容を促す協調的な規律が採用された。

アーキテクチャを規律する法の役割はアーキテクチャの「メタデザイン」(デザインのデザイン)と指摘され、アーキテクチャと法の拮抗・協働関係は複層化している。法によりアーキテクチャのメタデザインを正面から許容することはサイバースペース独立宣言に代表される初期インターネットの理念には反する。だが、「バイ・デザイン」の手法のようにアーキテクチャのデザインが権利保護に資することもある。また、法の規律によりアーキテクチャの暴走を抑止するとともに、憲法的な価値をアーキテクチャに組み込むことで一定の民主的正統性を確保することも可能になる。

この意味で、ユーザーとなるわたしたちがプラットフォームのアーキテクチャを単に受容するだけではなく、それがどう作動・作用するのかをよく観察し、どのように(メタ)デザインされるべきかを考えることは、これからの社会契約にとって重要になるはずだ。少なくともこれまで考えられてきたよりはずっと。

水野 祐|TASUKU MIZUNO
法律家。弁護士(シティライツ法律事務所)。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。九州大学グローバルイノベーションセンター(GIC)客員教授。慶應義塾大学SFC非常勤講師。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』など。Twitter:@TasukuMizuno なお、本連載の補遺については https://note.com/tasukumizuno をご参照されたい。

雑誌『WIRED』日本版VOL.51より転載


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