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グーグル検索をディスラプトする──AI検索「Perplexity」創業者がライバル視する同郷スンダー・ピチャイ

Perplexityのファウンダーであるアラヴィンド・スリニヴァスは、インド出身のスンダー・ピチャイと同じ町で育ち、憧れを募らせていた。いまや自らもAIを取り入れた“回答する”検索エンジンの会社を起業し、業界の大物たちから注目を浴びている。
Colorful portrait of Aravind Srinivas
Photo-illustration: WIRED Staff; Courtesy of Perplexity

卵を好きなだけ食べられるようになったのは、グーグル最高経営責任者(CEO)のスンダー・ピチャイのおかげだとアラヴィンド・スリニヴァスは思っている。

スリニヴァスは7年前のあの瞬間を覚えている。Youtubeのフィード画面に、前触れもなくピチャイのインタビュー動画が表示されたときのことだ。インドのベジタリアン家庭に生まれた彼は、この国の多くの人々と同様に、卵を口にすることなく育った。しかし、当時20代前半だった彼は、もっとたくさんタンパク質を摂りたいと思っていた。そんな彼の目の前に現れたのがピチャイだ。インドで起業を目指す大勢の人々の英雄的存在だったピチャイは、何気ない口調で朝の習慣を語っていた。朝起きて新聞に目を通し、紅茶を飲む。そして、オムレツを食べると言ったのだ。

スリニヴァスはその動画を母親に見せた。母は言った。「わかった。卵を食べなさい」

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ピチャイがスリニヴァスに与えた影響は、食習慣の変化にとどまらない広い範囲に及んでいる。スリニヴァス自身も、生成AI時代の大注目アプリのひとつとなったPerplexity AIを運営する検索エンジン企業のCEOだ。スリニヴァスはいまも、世界最大の検索エンジン企業のトップに立つピチャイを模範としているが、その称賛にはいささか複雑な部分があることも事実だ。

「こういう言い方は気が引けますが、いまは一種のライバル関係にあると思っています」とスリニヴァスは言う。

グーグル共同創業者たちが起業のヒーロー

スリニヴァスとピチャイはいずれもインド南部のタミル・ナードゥ州チェンナイの出身だが、ふたりの間には22歳の年齢差がある。スリニヴァスがカリフォルニア大学バークレー校(UCB)でコンピューターサイエンス分野の博士号取得を目指していたころ、ピチャイはすでにグーグルのCEOに任命されていた。

スリニヴァスが研究インターンとして最初に勤務したのは、ロンドンにあるグーグル子会社のDeepMindだった。ピチャイも同じ年にグーグルに加えAlphabetのCEOに就任し、新たな職務に取り組んでいた。意気揚々とDeepMindでの仕事に臨んだスリニヴァスだったが、下見もせずに借りたアパートの惨状を目にしてすっかり意気阻喪してしまった。それは「ネズミだらけのおんぼろアパート」で、そのために彼はDeepMindのオフィスに泊まり込むこともあったという。

そのころスリニヴァスは会社の図書室で、グーグルの発展と進化を描いた『In the Plex』(邦訳『グーグル ネット覇者の真実』)という本に出合った。『WIRED』のエディター・アット・ラージであるスティーヴン・レヴィの著書である。スリニヴァスはこの本を繰り返し読み、そのたびにグーグルとそのイノベーションに対する称賛の意を深めたという。「グーグルの共同創業者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは、わたしにとって起業のヒーローになりました」と彼は言う。『In the Plex』の各章から何カ所も暗誦してみせる彼の姿は、その言葉を十分に裏付けるものだった。

それから間もない2020年に、スリニヴァスはカリフォルニア州マウンテンビューにあるグーグル本社に勤務することになった。機械学習を使ったコンピュータービジョンを研究するインターンとしてだ。彼はグーグルのなかで少しずつ頭角を現し、自身のAI研究を実用に結びつけていった。

対話形式の“回答”エンジン

その後22年になると、スリニヴァスはデニス・ヤラッツ、ジョニー・ホー、アンディ・コンウィンスキーの3人と共同で会社を設立し、AIを活用したまったく新しい検索技術の開発に着手した。彼らはまず、(プログラム言語ではない)「自然言語」をデータベース言語である「構造化クエリ言語(SQL)」に翻訳するアルゴリズムの開発に取り組んだ。しかし、的を絞り過ぎた(あるいはオタク的に一定領域に注力しすぎた)ことに気づき、従来型の検索インデックスに大規模言語モデル(LLM)の比較的新しい技術を組み合わせた製品の開発に軸足を移した。そしてこの製品をPerplexity と名付けたのだ。

Perplexityは、AIによるテキスト生成技術を駆使して検索結果を要約するその仕組みから、検索エンジンではなく“回答”エンジン(“answer” engine)と呼ばれることもある。検索内容が変わるたびに個々の話題に関するスレッドが対話形式で作成される。クエリを入力すると、Perplexityは質問の意味をはっきりさせるために補足の質問を返してくる。直接リンク先に誘導するのではなく、テキスト主体あるいは視覚的にわかりやすい回答を優先的に提示してくれるので、情報を得るためにクリックしてほかのサイトに移動する必要がない。

例えば、近隣のお勧めレストランをPerplexityに尋ねると、特に食べたい料理はあるかと聞き返されるかもしれない。答えを選ぶと、続いて希望の価格帯を聞いてくるだろう。検索結果の上に現れる小さなボックスには情報のソースが表示されるが、目に飛び込んでくるのはそのボックスの下方で展開されるAIによる回答だ。この体験は洗練されており、検索エンジン経由のトラフィックに依存する企業(デジタルメディアのような)を不安にさせ、企業の成長に注目する投資家たちを驚かせるのに十分すぎるものだ。Perplexityには無料版のほかに、月額20ドル(約3,000円)でさらにスマートな答えを返すという“Pro”版が用意されている。

1億ドルの資金調達に成功

Perplexityは現在までに1億ドル(約1兆5,000億円)の資金調達に成功しているという。24年1月の発表によると、そのうち7,000万ドル(約105億円)を超える資金は、ベンチャーキャピタル(VC)のInstitutional Venture Partners (IVP)が主導するシリーズBラウンドで調達されたという。設立当時の資金提供者は、テック企業専門の投資家や有名企業など、いずれも正真正銘の大物ばかりだ。ジェフ・ベゾス、YouTubeの元CEOスーザン・ウォシッキー、グーグルの主席サイエンティストであるジェフ・ディーン、GitHubの元CEOナット・フリードマンのほか、メタ・プラットフォームズのチーフAIサイエンティストであるヤン・ルカン、テスラの元AI担当ディレクターであるアンドレイ・カーパシー、投資家のバラジ・スリニヴァサン、ソフトウェア開発企業のDatabricks、GPU製造企業のNvidiaなどが名を連ねている。『WIRED』がAIチップ製造最大手NVIDIAのCEOを務めるジェンスン・フアンにAIチャットボットの利用について尋ねたところ、彼はPerplexityを愛用していると明言した

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Perplexityの最初の資金調達ラウンドでリードインベスターを務めた投資家のエラド・ギルは、たちまちスリニヴァスに魅了されたという。「ビジネスのコンセプトや特色についてブレインストーミングを行ないましたが、彼は数日、あるいは数時間のうちにそれを具体的なかたちにしてしまうんです」とギルは言う。元グーグル社員のギルは、Airbnb、Anduril、Figma、Instacart、Square、Stripeといったスタートアップへの投資や助言など、起業家としても長く経験を積んできた。その彼がスリニヴァスを「ほかに並ぶ者のないほど優秀な人物」と評しているのだ。

もちろんグーグルも、「Search Generative Experience(SGE:生成AIによる検索体験)」という、そこまで格好良くはない名称の生成型検索ツールを独自に開発している。SGEにはグーグルが22年後半にリリースした自社開発の最新機械学習モデル「Gemini」が搭載されている。CEOのピチャイは自分の裁量でいくらでもリソースを投じることができるはずだが、実験的な試みに挑戦する自由という点では間違いなくスリニヴァスに劣る。ピチャイにはグーグル検索から得られる広告収入を守る義務があるからだ。23年の広告収入は総額で約1,750億ドル(約26兆2,500億円)に上ったという。

グーグルのAI検索に関する最新の試みは、データを収集する広告ベースの検索という旧来式のやり方と、生成型検索ツールの新商品にまたがっている。

生成された回答は、従来型のリンクや広告も表示される結果ページに出てくる。一方でグーグルはTransformerと呼ばれる重要なアーキテクチャーも開発している。TransformerはChatGPTの「T」であり、最新のさまざまな対話型検索ツールの裏側で現代のニューラルネットワークを構成する要素のひとつだ。つまり、Perplexityはほかの多くの企業と同じように、グーグルが生み出した技術を使ってグーグルに対抗しようとしているのだ。

唯一無二のインターフェースと検索体験

グーグルの圧倒的な強さに比べるとPerplexityの実績はまだ小さいが、Perplexityによると同社のアクティブユーザー数は、前回発表の1,000万人からわずか2カ月の間に50%増え、1,500万人に達したという。スリニヴァスとPerplexityの出資者たちは、この状況をグーグル検索をディスラプトする機が熟したサインと見ている。

「わたしたちはいま、歴史上に類のない瞬間に立ち会っているのです」とスリニヴァスは言う。「最高のテクノロジーはこれまでずっとグーグルのなかにあり、あらゆるビジネスが“10本の青いリンク”と呼ばれたグーグルの(広告の入らない)オーガニック検索を中心に成り立っていました。ところがいまではAnthropicやOpenAIといったスタートアップが現れ、メタのLLM「Llama」が登場する時代となりました。この種の“回答”エンジンを完成させるためのAIツールは、いまやグーグル以外の場所にも存在しているのです」

Perplexityには、ChatGPTの各バージョンにも採用されているOpenAIのふたつのLLMであるGPT3.5-turboとGPT 4-turboが使われているほか、メタのオープンソースAIモデルであるLlamaのカスタマイズ版、フランスのスタートアップMistral AIのモデル、Anthropicの生成AIモデル「Claude」も使用されている。つまり、Perplexityは独自のAI言語モデルを開発する代わりに、唯一無二のインターフェースと検索体験を提供することで大きな賭けに出たわけだ。

「今後AIの世界には、独自のモデルを開発する企業と、既存のモデルから新たなツールや機能を生み出す企業の両方が現れるでしょう」と、投資家のギルは言う。「どちらのタイプの企業も、徐々に成果を上げていくだろうと思います」

Perplexityの存在に気づいてもらい、試してもらうというそれだけのことが、会社にとっては最大の難問なのだとスリニヴァスは言う。不動の大企業であるグーグルに戦いを挑んだ無数のスタートアップ創業者たちが、これまで何度も口にしてきた言葉だ。「いまだにほとんどの人がグーグルの画面にキーワードを2つか3つ入力し、表示されたリンクをクリックして内容を読むという手順を繰り返しています。つまり、戦う相手はグーグルでさえなく、ユーザーの意識なのです」と彼は言う。

「広告は悪者ではありません」

スタートアップとしての自社のビジネスモデルについて語るスリニヴァスの言葉は、Perplexityが成長するにつれてグーグルに似ていく可能性を感じさせる。Perplexityの現在の主な収益源はユーザーの定額使用料だが、基本的にスリニヴァスはPerplexityに広告を表示することに異論はないという。広告主はどんな人が検索をしているのかを把握しやすくなり、数百万件あるいは数十億件に及ぶ検索のなかで最も“価値の高いトラフィック”と判断されたところに入札して広告を出せるようになる、というのが彼の言い分だ。

「広告は悪者ではありません」とスリニヴァスは言う。グーグルの初期の社是のひとつとされる「Don’t be evil(邪悪になるな)」に対する皮肉にも聞こえる言葉だ。「広告は正しく使えば素晴らしい効果を生むものであり、生成AIの力を借りてさらにターゲットを絞り込むことも可能になるでしょう」

それを実現するために、Perplexityはさらに数百万人のユーザーの信頼を勝ち取る必要があるだろう。シンクタンクとしても知られる広告代理店のIPG Media Labでライターを務めるリチャード・ヤオの最近の記事によると、企業がAI検索を導入する際に直面する大きな障害は、使用されているテキスト生成AIがどの程度信頼できるのか、あるいはできないのかという問題だという。「いまのところAIを使った“回答マシン”の大半は、情報の出どころを上手に提示できていないようだ」とヤオは述べている。

また、AI検索エンジンを巡る新たな試みのすべてが、Perplexity のような輝かしいスタートを切ったわけではない。同じくグーグル出身者が起業した検索エンジン開発のスタートアップNeevaは、事業を軌道に乗せられぬままに資金繰りに窮し、23年春にクラウドコンピューティング会社のSnowflakeに買収された。

世界中の人々を説得してPerplexityを使ってもらわなくても、自分が描く検索の未来像を守ることはできるし、ましてやグーグルを倒す必要などないとスリニヴァスは言う。グーグルで行われている検索のうち、わずか1%でもPerplexityに流れて来てくれれば、それは大きな成果だというのだ。グーグルのピチャイと話す機会があれば、いまも変わらず彼の熱烈なファンであることを伝えたいとスリニヴァスは言う。「『そのまま進み続けてください』と言いたいです」

(Originally published on wired.com. Translated by Mitsuko Saeki, edited by Mamiko Nakano)

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