皆既日食によって発生する影が、4月8日(米国時間)にメキシコ、米国、カナダの一部地域を横切る。この短い時間は“偽物の夜”に覆われることになるわけだ。これらの地域で皆既日食を観測できることはめったにない。つまり、動物たちにとって“異常”な出来事である。
これまでのところ、動物たちが日食に対して見せた反応に関する情報は裏付けに乏しく、逸話的なものがほとんどだった。一方で、組織的な観察に向けた科学的な取り組みもある。米航空宇宙局(NASA)は日食に対する動物たちの反応について、科学的な理解を深めるための計画を打ち出しているのだ。そして、実現するには一般の人々の協力が必要になる。
皆既日食とは、月が地球と太陽の間の直線上に並ぶ現象だ。日食を観察するには、地球の太陽光が当たる側(昼間の地域)にいて、日食が発生した時間に月の影が通る経路上にいる必要がある。直線上に並ぶ位置関係によって、月の影が地球の表面に投影されるわけだ[編註:日本は皆既日食の時間帯が4月9日の夜明け前なので、今回は観察できない。日本の国立天文台によると、国内では2030年6月に金環日食、2035年9月に皆既日食を観察できる見通し]。
このような現象が同じ場所で起きるのは、300年から400年に一度だけである。だからといって、一概にこの現象が珍しいとはいえない。皆既日食は平均して1年半ごとに、世界中のどこかで発生しているのだ。多くの場合は観察できる位置が海上なので、“見物客”は海の生物ばかりだろう。
「夜行性」の行動を示した生物たち
太陽光は植物や動物にとって、体内時計を調節するために用いる信頼性の高い環境シグナルであることが知られている。しかし、日食がその調節のプロセスに与える影響については、十分な裏付けとなる研究記録がない。日食が起きている最中の動物行動の変化に関する科学的報告は少なく、時には矛盾していることもある。
ある科学者グループが1991年夏、研究のためアリゾナ州でセミを採集していたときのことだ。部分日食の際に月の影で太陽の光が半分に減ると、科学者たちはセミが鳴き止んだことに気づいた。その場所は砂漠で気温の変化が顕著だったことから、それが昆虫たちに影響を与えたのだと科学者たちは結論づけている。
メキシコのベラクルス州で起きた皆既日食の際には、コロニー状に円形の巣を張るクモたちの行動を生物学者のチームが調査した。そのときは本影(月の影の最も暗い部分)が届くと、クモたちは非典型的な行動をとり、自分の巣を破り始めたのである。再び太陽が現れると、巣を破り始めていたクモのほとんどが巣をつくり直した。実験中にコロニーの一部に人工的に光を当てたところ、照らされたせいで日食を見逃したクモはこの行動を示さなかった。
こうした事象の報告はまだある。インド北部のバラトプルでは、1995年の日食で短時間の薄明かりになったとき、ゴイサギたちが昼間の止まり木から離れたことを科学者たちが報告している。その1年前には米国のカンザス州で、4種の昼行性の鳥がまるで夜であるかのような行動を見せた。1984年には、ジョージア州で捕らえられていたチンパンジーたちが、囲いの最も高い部分に登って空に顔を向けている様子が目撃されている。
この他にも、鳥がさえずりを止めた、コオロギが鳴き止んだ、ミツバチが皆既日食の最中に巣に戻ったり、採餌活動を減らしたり、一時的に飛ぶのを止めたりした──といった逸話的な報告が存在する。しかし、それらの行動のいくつかについては、実際に起きたことを否定する研究、または日食に起因することを否定する研究も存在する。
そこでNASAの科学者たちは、観察を組織化するだけでなく、人々が月の影の下で見聞きすることを文書で記録することも計画している。
NASAは、ボランティアたちの体験情報を収集するために、市民科学プロジェクト「Eclipse Soundscapes(日食の音風景)」を立ち上げた。このプロジェクトは、ウィリアム・M・ウィーラーと協力者たちのチームによる100年近く前の研究からヒントを得たものだ。
この研究では当時、ボストン自然史協会が市民や公園管理官、ナチュラリストたちを募り、1932年夏の日食の際に見られた鳥、哺乳動物、昆虫、爬虫類、魚の行動について報告してもらったところ、500件近い報告が集まっている。最終報告書には、一部の動物が巣や巣箱に戻ったり、夜間に鳴き声を上げたりするなど、夜行性の行動を示したことが記されている。
最適な観察地点はメキシコの港町
今回のNASAの調査では、2023年10月14日の金環日食と、今回の4月8日の皆既日食の際の観察結果が追加される。4月8日の皆既日食はメキシコのマサトランから始まり、その後ナサス、トレオン、モンクロバ、ピエドラスネグラスで観察できるようになる見通しだ。それらの場所は日食の本影の中に入るので、人々は皆既日食を観察できるだろう。
これに対して近隣の地域では部分日食になるので、皆既日食ほど暗くならない。日食はその後、テキサス州を皮切りに米国内へと入り、オクラホマ州、アーカンソー州、ミズーリ州、イリノイ州、ケンタッキー州、インディアナ州、オハイオ州、ペンシルベニア州、ニューヨーク州、バーモント州、ニューハンプシャー州、そしてメイン州を通過する。
最後にオンタリオ州南部からカナダを横断し、ケベック州、ニューブランズウィック州、プリンスエドワード島、そしてケープブレトン島を続けざまに通過する。天文学的な推定では、2024年の日食を観察するために最適な場所として、メキシコの港町マサトランが挙げられている。マサトランでは、現地時間の午前11時7分ごろに皆既状態を観察できる予定だ。
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米国では、皆既日食を観察できる地域に3,000万人の人々が住んでいる。メキシコやカナダの人々を加えれば、非常に多くの体験情報を集められる可能性が高い。NASAはそれらをうまく利用したいのだ。
サウンドスケープの変化から生態系への影響を探る
今回のNASAのプロジェクトでは、いくつかのレベルのボランティアが想定されている。初心者、観察者、データ収集者、データ分析者、ファシリテーターである。
初心者のレベルには、オンライン講座を受講して証明書を取得することで到達できる。観察者は日食の当日に任意の方法で自分の体験を記録し、その情報を専用の書式で入力してプロジェクトと共有する必要がある。
データ収集者の役割は、録音装置「AudioMoth」を装着して長時間にわたってサウンドスケープ(音風景)を録音することだ。データ分析者は、データ収集者が取得した録音データを詳しく調べる。最後にファシリテーターは、これらの活動の一部かすべてを担うグループや部隊を編成するための訓練を受けることになる。
データ収集者が取得したデータを受け取る研究部門は、音響生物学者やサウンドスケープ生態学者などからなる諮問委員会の支援を受ける仕組みだ。諮問委員会はふたつの課題に答えを出すことを目指す。ひとつ目の課題は、生態系が発する音を通して、日食が動物の行動に与える影響の大きさを推定することが可能かどうかということ。ふたつ目は、サウンドスケープに検出可能な変化を生み出すには、どれくらいの割合の日食が必要なのかを識別することだ。
サウンドスケープの変化を捉えることで日食の間に生態系が受ける影響を分析しようとする試みは、今回が初めてではない。そして、このような現象の最中に動物園が研究現場になることも、初めてではない。
2017年にはサウスカロライナ州のリバーバンクス動物園で17種の動物の行動が記録され、同じ場所の以前の観察記録と比較された。すると、観察対象となった種の75%が日食に対していくつかの行動反応を示し、そのほとんどが夕方か夜間に見られる行動だった。2番目に多く観察された行動は明らかな不安行動だった。この行動は、人間の存在に対する反応として知られているものではないと、この研究は指摘している。
日食は何千年も昔から人類を魅了したり、怖がらせたりしてきた。現代における日食は、科学的な知識を広げるチャンスでもある。日食は太陽コロナに測定機器を向けることを可能にする。日食が大気の状態に与える影響を評価したプロジェクトもあった。
かつて天文学者のニコラウス・コペルニクスは、暗箱を通して日食を観察した。その観察結果が他の観察結果と共に、わたしたちの惑星系の中心が地球ではなく太陽であることを説明するうえで役立ったのである。
(Originally published on es.wired.com, edited by Daisuke Takimoto)
※『WIRED』による動物の関連記事はこちら。太陽の関連記事はこちら。
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