皆既日食にまつわる「陰謀論」が、米国で拡散し始めている

米国で現地時間の4月8日に皆既日食を控えるなか、特に極右の人々を中心に陰謀論が広がっている。日食を隠れみのにした「エリート」の集団が、国民に“新たな統制”を課している…といった荒唐無稽な主張だ。
Collage of a solar eclipse a government spy balloon and Egyptian symbols
Photo-illustration: Jacqui VanLiew; Getty Images

英国王室のキャサリン皇太子妃のがんの公表ボルティモアの橋の崩落は、単なるウォーミングアップにすぎなかった。2024年の陰謀論者にとってのスーパーボウルともいえる一大イベントは、米国で4月8日に発生する皆既日食なのである。

ここ数週間にわたってソーシャルメディアやTelegramのグループ、陰謀論に焦点を当てたオンライン掲示板は、月が太陽を遮るときに何が起きるかについて、考えうる限りの荒唐無稽な主張で溢れ返っている。

この珍しい天文現象は、陰謀論者たちが最も突飛な空想を表現するための信じられないほど肥沃な土壌であることが明らかになった。陰謀論者たちは、世界の終末、国民を毒殺するために秘密裏に実行される風船の配備、オカルト儀式、さらには「新世界秩序」の到来を告げる戒厳令の発令に至るまで、とにかくあらゆる陰謀論を唱えている。

特に極右の荒らしや過激派は今回の皆既日食について、「エリート」集団が日食を隠れみのにして国民に新たな統制を課している──という考えを広めている。この主張は、トランプ政権時代に辞任に追い込まれたマイケル・フリン元国家安全保障担当補佐官や、サンディフック銃乱射事件の陰謀論者のアレックス・ジョーンズなどによって広められた。なかでもジョーンズは、この件に関して過去数週間にわたって自身のXアカウントで多数の動画やコメントを投稿しており、数百万回の閲覧数を記録している。

ジョーンズはこのように書いている。「4月8日の日食を取り巻くいくつかの大きな出来事、これらは新世界秩序をもたらすために世界中で計画されたフリーメイソンの儀式だ」

さまざまな「偶然」と陰謀論との関係

米国で日食を観測できる地帯の当局は、携帯電話の電波が届かなくなったり、停電が起きたりする可能性について警告を発している。さらに一部の都市ではすでに非常事態宣言が出され、州兵が待機する事態になっている。

これらの街での準備は、もちろんほとんどが4月8日に観光客が大量に流入することを想定したものだ。しかし、これによって陰謀論者たちの“確信”がさらに深まってしまったのである。陰謀論にどっぷり浸かってしまった人々にとって、文脈は問題ではないのだ。

「これは新たな試練だと思う」と、極右掲示板で「The Donald」として知られるユーザーが4月になって投稿している。「どれだけの人が命令に従い、戦わずして戒厳令を発令することにどれだけ近づいているか見てほしい」

Telegramで登録者が75,000人いる「Health Ranger」として知られる有名な陰謀論者は、日食について「われわれの国のテロ政府が送電網をダウンさせ、市民の通信をすべて遮断しながら大混乱を引き起こしたいのであれば、完璧なカバーストーリーになる。トランプが11月に当選する前に戒厳令を発令し、独裁政権を解き放ちたいなら、ちょっと好都合だ」と投稿している。

多くの陰謀論者は、同じ4月8日に起きる他の偶然の出来事にも焦点を当てており、それらすべてがこの日の重大な性質をさらに強めることになっている。

オンライン上では何十もの例が共有されているが、なかでも最も引用されているのは、欧州原子核研究機構(CERN)がこの日、2年ぶりに大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を再稼働させることだ。ネット上の多くの人は今回の皆既日食を、10年以上前にヒッグス粒子を発見したこの装置の再稼働と結び付けているが、多くの人はヒッグス粒子が「神の粒子」と呼ばれている理由を大きく誤解している。

これだけでは十分ではないなら、同じ日に米航空宇宙局(NASA)が「APEP(日食路周辺の大気変動)」と呼ばれるミッションの一環として3つの衛星を打ち上げる予定だ。NASAにとって不運なことに、この「アペプ(APEP)」とは暗闇と破壊にかかわる古代エジプトの蛇の神の名称でもあり、陰謀論者たちが関係があると思ってしまっているわけだ。そして日食の際には、「悪魔の彗星」として知られる天体も肉眼で観測できる。

最後に、多くの陰謀論者たちは、この日食をイスラエルで間近に迫った「赤い雌牛の生け贄」と結び付けている。これは一部のユダヤ教徒や福音主義者たちが、エルサレムに第三神殿が建設される前触れ、救世主の再来、あるいは世界の終末を意味すると信じている慣習のことだ。

「テキサス州の赤い雌牛がイスラエルに到着し、日食のときに生け贄にされる。同時にCERNは悪魔のポータルを開くことになるだろう」と、Telegramの有名な陰謀論チャンネルの運営者が4月に入ってから投稿している。この投稿は12万回以上も閲覧された。

政府が毒ガスを入れた風船を配備?

こうしたすべての偶然の一致を引き合いに出した動画は、多くのキリスト教福音派の牧師や教会だけでなく、陰謀論者たちによっても投稿された。そして過去数週間でYouTubeやInstagram、TikTokで数百万回の再生数を記録している。

「8日に米国で起きる皆既日食は、何か大きな出来事の始まりであることを示す多くの兆候がある」と、英国で活動する有名なQアノンの陰謀論者は、4日にニューズレターの登録者たちにメールでメッセージを送っている。「この日そのものが、明らかに壮大な何かの始まりなのだろうか? ニビルなのだろうか? 地球外生命体だろうか? DNAの活性化だろうか?」(ニビルとは、地球と大きな惑星との間に予測される異変の遭遇に関する、陰謀論でよく出てくる架空の惑星のことを指す)

また、無政府主義の一種である「ソブリン市民運動」の第一人者のデヴィッド・ストレートも、「バルーン作戦」と呼ばれる荒唐無稽な陰謀論を提唱している。これは日食によって暗くなることを隠れみのにして、政府が毒ガスを入れた風船を配備するだろうという主張だ。しかし、同じように暗くて人々が空を見ることも少ない夜の時間に政府がこのようなことをしない理由については、ストレートは説明していない。

日食のルートが10以上の重要なランドマークの上を通過する様子を示した画像も、ネット上で広く拡散している。このランドマークには、ビル・クリントン元大統領とマイク・ペンス元副大統領の出生地、オハイオ州イースト・パレスティーンの列車脱線事故の現場、1993年にテキサス州ウェイコで起きた虐殺事件の現場、ジョン・F・ケネディ元大統領が暗殺された現場などが含まれている。

英国在住のある陰謀論者は、「これは偶然にしてはあまりに一致しすぎている」と3月末にXに投稿した。この投稿は770万回も閲覧されている。

当然のことながら、これらの個人やグループが主張している陰謀論を裏付ける証拠はまったくない。しかし、何世紀にもわたって人類が楽しんできた皆既日食という天体現象に陰謀論者たちが驚嘆できない、あるいは驚嘆する気がないのであれば、少なくともある程度の内省が必要と言えるのではないだろうか。

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

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