テスラが「自動運転タクシー」を8月に発表へ。イーロン・マスクの“戦略転換”が意味すること

テスラが自動運転技術の開発に注力し、2024年8月に自動運転タクシーの車両を発表する方針をイーロン・マスクが明らかにした。低価格なEVのプロジェクトは中止された可能性が濃厚だが、この戦略転換は何を意味するのか。
Many Tesla vehicles parked in rows
Photograph: Qilai Shen/Bloomberg/Getty Images

カレンダーに書き込んでおこう。テスラの最高経営責任者(CEO)であるイーロン・マスクは、電気自動車(EV)メーカーであるテスラが自動運転技術に全力を注ぐ方針であることと、テスラの自動運転タクシー(ロボットタクシー)を8月8日に発表すると、4月5日午後(米国時間)に明らかにしたのだ。

マスクがXに投稿したこの発表は、相反する複数の知らせによってテスラの株価が乱高下し、6ポイント下落した後に時間外取引で回復したおかしな1日を締めくくるものとなった。これに先立ってロイター通信が、より幅広い人々のために低価格なEVを開発するというテスラが長らく温めてきた計画を取りやめたと報道している。

この「次世代」の小型EVは、EVの分野における競争が激化するなか、テスラの生き残りの鍵になると広く認識されてきた。ところが報道によると、テスラはむしろ低価格車と同じハードウェアの多くを使用する自動運転タクシーの開発と生産に注力する予定だという。

一方でマスクはXへの投稿で、ロイターの報道を少なくとも部分的には否定している。「ロイターは(またも)嘘をついている」と投稿したが、ロイターの報道の何が間違っているかについては明らかにしていない。そして数時間後、報道の一部を認めるように、テスラの次の製品発表の主役は自動運転タクシーであると投稿したのである。

果たせていない「自動運転」の約束

この明らかな方向転換は驚くべきものと言えるが、それにはいくつかの理由がある。

テスラは長年にわたって真の自動運転技術の提供を約束してきたが、まだ約束を果たせていない。テスラは2016年、すべてのテスラ車にドライバーの仮眠や無人状態での長距離移動まで可能にする自律走行に必要なハードウェアを搭載して出荷すると発表している。

この年に自ら投稿した「マスタープラン」でマスクは、テスラ車のオーナーが所有する“自律走行車”を他の人々と共同使用できるという、(いまなお)未来的なシナリオについて説明していた。マスクによると、「監督機関が真の自動運転を承認」すれば、テスラ車のオーナーは「テスラのアプリでボタンをタップするだけで自分のクルマを共有車両に追加でき、仕事中や休暇中にクルマに稼いでもらえる」ようになるというのだ。

さらにマスクは19年、詰めかけた投資家たちにに対し、翌年までに「完全自動運転のハードウェアを搭載したテスラ車を100万台以上走らせる」と語った。これも実現していない。

その一方で、テスラの運転支援技術「フルセルフドライビング ケイパビリティ(FSD)」は、技術的には5段階の自動運転レベルの区分では「レベル3」でしかない。これはドライバーの監督下でしか自動運転できないことを意味する。最新の自動運転ソフトウェアのアップデートで、テスラは初めて「ベータ版」という表記を外している。

そしてテスラの運転支援技術は、いまもなお米国の輸送安全性を監督する国家運輸安全委員会(NTSB)から強く批判されている。この米国の道路安全に関する最高監督機関による2年間の調査が昨年末に終わり、テスラの技術は走行中に十分な注意を払うことを強いるものではないことから、ドライバーが誤った使い方をする可能性があるという結論が下されたのだ。

テスラはNTSBの分析に同意しないとして、オンラインでのソフトウェアのアップデート(OTA)によって、システムを修正した。また、テスラの運転支援機能は人間の運転より安全であるとも主張している。

頭打ちになっている自律走行車の開発

自律走行車を開発するその他の企業は、この5年間は深刻な伸び悩みに直面している。かつて「実現間近」とされた技術が予想より難しく、コストもかかることが明らかになったからだ。大半の大手自動車メーカーや技術開発企業が自動運転ソフトウェアの提供を約束してから数年が経った現在、残っている大手企業はほんのひと握りにすぎない。

数十億ドルを研究開発に注ぎ込み、700万マイル以上の走行試験を経たアルファベット傘下のウェイモは、2つの都市(フェニックスとサンフランシスコ)で有料の自動運転タクシーを展開するにとどまっている。ウェイモの計画では、テキサス州オースティン、ロサンゼルス、サンフランシスコのベイエリアにまもなく展開する予定だ。

これに対して自動運転タクシーの競合であるゼネラルモーターズ(GM)傘下のクルーズは、無人の自動運転タクシーが歩行者をはねて負傷させたことを受けて、全サービスを停止している。この事故はカリフォルニア州の当局との衝突につながった。

テスラが自社のクルマを販売しているすべての都市で自動運転タクシーのサービスを展開しようと考えているなら、その計画は自動運転をめぐる問題に長年にわたって取り組んできたこれらの競合他社の計画よりずっと野心的なものになる。

テスラの戦略転換が意味すること

仮にテスラが自社のラインナップの低価格帯を担う小型で低価格なEVの生産を重視しなくなるなら、それは戦略転換だろう。かつてマスクは、この「手ごろな価格」のEVを、テスラの長期的な成功の要であり、内燃エンジンが引き起こす気候変動の影響から世界を救う計画の要であるとみなしていたからだ。

2006年の投稿によると、マスクの「マスタープラン」は最初に高級EVをつくり、その利益をより手ごろな価格のEVを生産するための投資に充てる、というものだった。23年に発売されたマスクの伝記で著者のウォルター・アイザックソンは、テスラのエンジニアたちは最終的に野心的な成長目標を達成するために25,000ドル(約380万円)のクルマをつくるようマスクを説得したと記している。

テスラが1月の業績発表で「次世代」の自動車について触れ、2025年に生産すると約束したとき、人々は手ごろな価格のEVがついに開発されつつあると考えた。それは最高のタイミングとなっただろう。というのも、旧来の自動車メーカーと、 BYDや上海汽車集団(SAIC)のような新興の中国企業が価格を抑えたEVを前面に打ち出し始めているからだ。

そしてアナリストたちは、顧客は5年近くも新モデルを発表していないテスラから新モデルを求めていると感じた。しかし、今回の投稿は戦略転換が進行中である事実と、テスラが次のモデルに対して当たり前のアプローチではなく、極めて野心的なアプローチをとると決めたことを示すものなのかもしれない。

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

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