音声アプリ「Airchat」がシリコンバレーを席巻中 

文字の代わりに音声を投稿し、ほかのユーザーと非リアルタイムで交流するアプリ「Airchat」。4月中旬に登場して以降、多くのユーザーが殺到した。しかし、音声SNS「Clubhouse」を悩ませた問題がこのアプリでもすでに現れている。
Photo of a pattern of ears on a background
Photograph: Jonathan Kitchen/Getty Images

4月中旬の週末、Airchatの共同創業者であるナヴァル・ラヴィカントは、アプリへの新規登録を中断することを決めた。アプリの新バージョンを公開すると、シリコンバレーで流行っている最新アプリをひと目見ようと(あるいは、音声を聴こうと)多くの人が殺到し、処理しきれなくなってしまったのだ。ラヴィカントが少数のユーザーに無制限の招待権を与えたことが裏目に出たのだった。

「新規ユーザーの流入が多くあり、しばらく招待機能をオフにします」とラヴィカントは4月14日に話した。この発言は『WIRED』に向けたものでも、Twitter(現X)やThreadsに投稿されたものでもない。ラヴィカントが自身で立ち上げたアプリに投稿した短い音声内の発言だ。これらの投稿には音声を書き起こした文章も付いている。シリコンバレーのアーリーアダプターしかいない場所に音声を投稿した場合、そのアプリは話題になるのだろうか。ラヴィカントは、そうなると確信している(編註:Airchatはその後の4月21日、招待のないUSとEUのユーザーが利用できるようアプリを開放したとXに投稿している)。

XとClubhouseを掛け合わせたアプリ

AirchatはXのフィードと、Clubhouseの音声優先の仕組みというふたつの強力な要素を掛け合わせたアプリだ。アプリを起動すると何人かの人をフォローするよう誘導され、そこから先に進むと、ユーザーが投稿した文章が並ぶミニマルなデザインのフィードが現れる。ただし、これらの文章は音声を書き起こしたものである。そしてアプリの右上にある「再生/一時停止」ボタンをタップするまで、次々と音声メモが再生されるのだ。

音声メモを投稿するには、アプリの下部にある「音声/動画」ボタンを押しながら投稿したいことを話して、終わったら指を離す(いまのところ動画投稿機能を使っている人はほとんどいないようだ)。ユーザー全員に投稿を公開したくない場合は、DM(ダイレクトメッセージ)を利用する方法もある。いずれにしろ、文字をタイプして入力することはできない。

Airchatの使い方にはわかりづらい部分もある。録音した音声メモは「音声/動画」ボタンを離すと同時にAirchatのフィードに投稿されてしまうので、間違えずに話す必要がある。話し終わった後、納得できない場合は削除することもできる。ただし、ゴミ箱のアイコンがあると指摘されるまで、わたしはそれがあることに気づかなかった。

音声メモに付いた返信を確認する方法もあまり直感的とはいえない。個別の返信に対応したり、返信をひとつのスレッドでまとめて確認したりすることはできず、なぜそのような仕様になっているのかも不明だ。また、Airchatに1回で投稿できるメッセージの長さもわからない。あるユーザーは45秒が上限だと言っていたが、実際に試したところ、約1分間で話し終えるまでの録音はできていた。

また、すべての音声メモはデフォルトで2倍速で再生される。これにより、ユーザーの声は目覚めにコーヒーを胃に流し込んでから水風呂に入ったかのような、やや昂った印象がある。アプリの右下にある「再生/一時停止」ボタンを長押しすると再生速度を調整できるが、この操作も直感的ではない。

サム・アルトマンも「小切手を切ってくれた」

新しく登場したAirchatは、昨春にあまり宣伝をせずに公開されたアプリを刷新したもののようだ。Tinderで長年チーフプロダクトオフィサーを務めたブライアン・ノーガードは当初、ピアツーピアの音声メッセージアプリとしてこのアプリを開発していた。AngelListの創業者であるラヴィカンは1年前にノーガードと手を組み、数カ月前からアプリ開発に「深くかかわる」ようになった。そうして新しいAirchatが誕生したのである。

Airchatの資金のほとんどはラヴィカント自身のファンドと、Accomplice Venturesの創業パートナーであるジェフ・ファグナンから来ていると、ラヴィカントは話す。「OpenAIのCEOであるサム・アルトマンも、ほぼ何も知らない状態で小切手を切ってくれた」とラヴィカントは語る。これはすべてAirchat上でラヴィカントが話したことだ。当初はDMでの取材を申し込んだが、その方法は丁寧に辞退し、公の場で取材を受けたいと主張したのだ。

「DMという副次的な方法でインタビューをやるべきではありません。それはわたしたちが過去のものにしようとしている古い世界のやり方です」とラヴィカントは話した(とはいえ、古い世界でも新しい世界でもたいていの場合、インタビューはリアルタイムで同期している方がいい)。

いまのところAirchatにはテック愛好家、アーリーアダプター、ベンチャーキャピタリスト(VC)、ジャーナリストなどが多く集まっているようだ。ビットコインに関する投稿も多くあった。アプリにはワインのインフルエンサーであるゲーリー・ヴェイナチャックや、Y Combinatorの最高経営責任者(CEO)、ギャリー・タンもいた。「朝食は偉大なことをするための第一歩です。今朝は何を食べましたか?」とタンは4月中旬に投稿し、これまでに96以上の音声の回答があった。これぞソーシャルメディアだ!

音声書き起こし用AIを搭載

Airchatには人工知能(AI)が搭載されている。搭載されていないものなんて昨今はほとんどない。とはいえ、その使われ方は理にかなっていて控えめだ。Airchatの音声メモを書き起こした文章はほぼ投稿と同時に表示され、精度も高い。「えー」などの発言は書き起こされるが、そのほかのわずかな一時停止やつなぎ言葉などは編集で削除される。

音声メモで「Airchat」という言葉を使ったとき、最初は「エラーチャット」と表示されたが、すぐに正しい単語に自動で修正された。このアプリはほかの言語の認識と書き起こしにも対応している。あるユーザーがロシア語で話すと、キリル文字で書き起こされていた。また、別のユーザーはダリジャと呼ばれるアラビア語モロッコ方言で話した内容を投稿しており、それに続く投稿で、アプリの書き起こしの精度の高さに驚いたと語っていた。

しかし、こうした音声データは何に使われるのか。Airchatでは、音声を使って大規模言語モデル(LLM)を訓練し、ユーザーの「奇妙なクローン」をつくるようなことは考えていないと、ラヴィカントは話す。また、アプリが比較的小規模であり、データにまとまりがないことから、AIモデルを構築している別の企業にAirchatのデータを売却することもないと話している。ただし、 Airchat は、自社の音声投稿および書き起こし機能の改善を目的としてモデルを訓練するために人々の音声データを使用する可能性は高い。アプリに参加することは、それに同意したことになる。

別のAI企業が正式な合意がなくともAirchatのデータを勝手にスクレイピングする懸念について、ラヴィカントに質問した。すると「そのような企業はブロックし、訴訟を起こします。わたしが軌道衛星をもっていたなら、そうした企業を軌道上から“核攻撃”します」と彼は答えた。

Airchatをどのように収益化するかもまだわからない。ナヴィカントは利用料について何も言及していない。アプリの現在の仕組みは音声広告に適していると考えられるが、それにはユーザーにとって音声投稿が聴きたいものではなくなってしまうリスクが伴う。

コンテンツモデレーションの問題

仮想のマイクのボタンを離した瞬間に音声がタイムラインにフィルターなしで投稿されてしまうことは、コンテンツモデレーションの問題も招く。4月13日の投稿を見ると、ある迷惑ユーザーがどこまで規制されずに投稿できるかを試しているようだった。アプリの創業者を罵ったり、アプリを「どうしようもないゴミ」と呼んだり、創設者に対してさまざまな言葉でフェラチオしろと言ったりしていた。その音声メモはまだ残っている。また、「ユダヤ人のゲイな十代の若者たち」と「ネオナチの殺人者たち」について話す2人のユーザーのやりとりを含むスレッドも存在する。

また、同じ週末にAirchat内で「戦争」とシンプルな名の付いたチャンネルが作成され、これには529人以上が参加していた。話題はイランによるイスラエルへのドローン攻撃からガザでの戦争、中国と米国の緊張関係に至るまで多岐に渡った。ユーザーは個人的な強い主張や、真偽の確認が取れていない報道、「少し調べた」とする情報、「経済的な武器」についての考え、石油価格の変動予測などについて投稿している。「地政学に関して、VCの根拠のない意見をもっと聴きたいです」とあるAirchatのユーザーは言っていた。

Airchatのやりとりはリアルタイムではないが、それはパンデミック中に流行し、その後失速した音声SNSアプリ、Clubhouseの雰囲気と似ている。Clubhouseもまた、音声プラットフォームに伴うコンテンツモデレーションの問題に悩まされていた。Clubhouseは昨秋、非同期の音声メモを共有するアプリとして再始動している。新しいアイデアなどいくらでもあるものなのだ。

Airchatはユーザー自身によるモデレーションという方針を強調している。ユーザーはほかのユーザーをミュートまたはブロックすることができる。しかし、それはアプリに蔓延する有害なコンテンツや誤情報という厄介な問題に対する表面的な解決策に過ぎない。また、Airchatは冷静な意見の相違や政治的な見解を理由にプラットフォームからユーザーを追放することはないが、嫌がらせやなりすまし、迷惑行為、違法コンテンツに関しては追放するとも説明している。

ラヴィカントのAirchatのフィードを遡り、モデレーションについてほかに具体的なことを話していないかを確認したが、何も見つからなかった。とはいえ、4月14日の夜遅くに彼はiOSユーザー向けにアプリへの登録を再開していた。また、寝不足のようでもあった。「やばい、もう寝ないと」と投稿している。その声は疲れているようだった。「でも、DMでの会話が最高に盛り上がった。最高に楽しい会話だったよ」とも話していた。

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma)

※『WIRED』によるソーシャルメディアの関連記事はこちら音声の記事はこちら


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