音楽から人間を排除する!? AIでブラックメタルを自動生成、音楽ユニットDADABOTSが生み出す異質な世界

生成AIの進歩の波が音楽の世界にも波及するなか、AIで自動生成されるブラックメタルやデスメタルなどの楽曲を配信する音楽ユニットDADABOTSが注目されている。「音楽から人間を排除する」という物議を醸しかねないスローガンを掲げたその活動とは、いかなるものなのか。
音楽から人間を排除する AIでブラックメタルを自動生成、音楽ユニットDADABOTSが生み出す異質な世界
Photograph: Toshinao Ruike

時は2023年6月。スペイン・バルセロナで開催されていた電子音楽と音響の祭典「Sónar Music Festival」では、人工知能(AI)によって生み出されたブラックメタルによる漆黒の頌歌がこだましていた。

専門分野で際立ったゲストがフィーチャーされるSónarには、クラブミュージックのファンだけでなく、世界各地から音楽テクノロジー系の開発者や研究者などの多様な層の人々が訪れる。ところが、「AI Musical Sorcery(AIの音楽的魔術)」と題されたその講演は、クラブミュージックがメインの夏フェスにおいて明らかに異質な雰囲気を放つものだった。

その場には、目を丸くして真顔で虚空を見つめる者もいれば、何やら訳知り顔でニヤニヤと会場を見つめている者もいる。場違いな内容にもかかわらず、AIが繰り出す謎めいたメタル表現の生成のデモンストレーションへの反響は大きく、初夏の爽やかな会場は何やら不穏なざわめきを増していた。

このとき会場でレクチャーしていたのは、生成AIを用いる音楽ユニット「DADABOTS」のメンバーのCJ・カーだ。メタルやロックを愛好している彼は、相棒のザック・ズコウスキとDADABOTSを結成し、2017年からブラックメタルやデスメタル、ハードコアパンクなどの楽曲を中心に公開している。

AIによるデスメタル24時間ライブ配信などでも知られている彼らだが、生成AI界で最古参に数えられるミュージシャンであり、変化の激しいAI界ではすでに「過去の人」として扱う向きさえある。しかし、CJは現役の神経科学の研究者であり、いまもなお生成AIを主導する企業のひとつであるStablity AIで、オーディオの生成に関する研究グループ「Harmonai」のリーダーとして生成AI界でトップランナーとして走り続けている。

ウェブブラウザのタブを100枚以上も開いてスライドのように切り替え、これまでに生成した音楽を次々と披露するDADABOTSのCJ・カー。

Photograph: Toshinao Ruike

いまのように生成AIが世間を騒がせる何年も前から、DADABOTSはAIでさまざまなジャンルの音楽を生成し、毀誉褒貶を受ける立場にあった。著作権の問題に直面したこともある。なかでも特に強烈だったのは、ブラックメタルのような物議を醸すタイプの音楽だ。悪魔崇拝や反宗教の姿勢をとり、ごく一部ではあるが、犯罪行為がセンセーショナルにメディアで取り上げられたこともあるのがブラックメタルだからだ。

生成AIの進歩がクリエイティブの世界にもさまざまな影響をもたらしつつある現在、DADABOTSはいかに第一線の研究者でありアーティストとして影響力をもち続けているのか。その作品からひもといていきたい。

ブラックメタルからコルトレーンまで何でも学習

2017年に発表され、DADABOTSが初めてネット上で話題になったブラックメタル作品が『Coditany of Timeness』だ。このアルバムの楽曲は、KRALLICEというブラックメタルバンドのアルバム『Diotima』の生のオーディオデータを学習した再帰型ニューラルネットワーク(RNN)を用いて生成されている。

このころDADABOTSのふたりは各地の音楽系ハッカソンに参加しながら、その賞金を使って機械学習に必要なリソースのコストをまかなっていたという。この時点ではフレーズの繰り返しが冗長な印象を与えるものの、すでにエレキギターの音色や質感がある程度はリアルなものになっている。

この世界初とされるAIが生成したブラックメタル作品は、「インターネットで最も忙しい音楽オタク」との異名をもつ音楽評論家のアンソニー・ファンタノのYouTubeチャンネル「theneedledrop」でも取り上げられた。ファンタノはDADABOTSの楽曲について、「完全ではないが、ブラックメタルの美学はそこにある」と評価している 。このときの動画についてDADABOTSのCJは、「ブラックメタルのチューリングテスト(機械と人間の思考を見分ける試験)」と呼んでいる。

さらにDADABOTSは、YouTubeでメタルを24時間ひたすら生成してライブ配信し続けるチャンネル「RELENTLESS DOPPELGANGER(絶え間ないドッペルゲンガー)」を19年に発表、いまも楽曲の自動生成と配信を続けている。さまざまな新旧のメタル楽曲のアプローチを学習しているからか、やはり冗長さこそ感じるものの、聴くたびに違った方向性のメタル楽曲が生成されているように感じられる。

パンクロックバンドNOFXの音源をAIが学習して生成したスケートパンク[編註:スケーター文化にルーツをもつパンクロックのサブジャンル]を思わせる楽曲も注目していい。上の動画は、ファンがAIが生成した楽曲に本物のNOFXのライブ映像を合成したものだ。これはまさに、NOFXのディープフェイク版ミュージックビデオといえる。

DADABOTSの“暗黒の力”は、メタルの領域にとどまらない。ジャズの巨匠であるサックス奏者のジョン・コルトレーンの音源を学習したフリージャズの生成AIや、24時間終わらないファンクミュージックを流し続けるAI「NO SOUL」など、幅広いジャンルで作品をリリースしている。そんな話題性には事欠かないのがDADABOTSだ。

著作権侵害の申立てによって各界に波紋

そして2020年には、OpenAIの音楽生成モデル「Jukebox」を用いてブリトニー・スピアーズの楽曲「Toxic」をフランク・シナトラのAIに歌わせた作品を公開し、物議を醸した。この作品はよくも悪くも反響を呼び、YouTubeでは著作権侵害が申立てられて一時はアクセス不能になったほどである。

こうした有名アーティストの楽曲は大手レコード会社や音楽出版社によって権利が厳格に管理されているので、さすがに無許可での制作・発表は難しいと思われた。ところが、その後「米国の著作権法に照らせばフェアユースである」というDADABOTS側の主張が認められ、動画はYouTube上に復帰している。ちなみに、この作品の場合は著作権使用料は楽曲の制作者に、録音物に対する使用料はDADABOTSに支払われているという。

こうしたAIと著作権をめぐる問題に関して、アーティストたちによる個別の対応は、リソースの点から見ても大きな困難が予想される。DADABOTSの場合も孤軍奮闘しているわけではなく、人間の創造性とその保護を訴えることを目的に設立された団体「Human Artistry Campaign」などから支援を受けて、活動を続けている。

AIにおける著作権とフェアユースのあり方は主要な論点のひとつであり、それは実際に多くの音楽関係者の関心事でもある。SónarのDADABOTSのレクチャーにおいても、「AIに関する著作権の問題について今後どうあるべきだと考えているか」といった質問が投げかけられていた。

このときCJは少し考え込んでから、「それはわからない」と答えていた。「各国ごとに著作権やフェアユースに関する異なる考えがあるので、そのあり方を一般化して語ることは難しい」からだ。

「わたしたちはDADABOTS、音楽から人間を排除する(We are DADABOTS, eliminating human from music)」──。これはDADABOTSがウェブサイトなどで好んで使っているスローガンだ。CJはSónarでの講演を、このフレーズで締めくくっている。

CJはSónarでの講演を、「わたしたちはDADABOTS、音楽から人間を排除する」というフレーズで締めくくった。

Photograph: Toshinao Ruike

AIの活用が進展する状況下において、わたしたちは生成AIに不吉なスティグマを押し付けたいわけではない。しかし、DADABOTSの活動は、いずれ本当に音楽における人間の仕事を減らし、芸術のエコシステムを転覆させるかもしれない。ことによると、ブラックメタルがそうであるように、彼らも生成された旋律の力によって“闇の世界”へと人々の魂を引きずり込もうというのだろうか。

AIとは、芸術の“神聖な生態系”に大混乱をもたらす「サタニズムに裏打ちされた破壊活動」なのか、またはただの戯言なのか。その真実は、誰にもわからない。いずれにせよ、少なくとも現世においてトップクラスの研究者として音楽の生成AI界に君臨しているDADABOTSからは、わたしたちは今後も目が離せない。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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