自然との共生を目指す建築プラットフォーム「EARTH WALKER」が提示する、リジェネラティブな新しい建築のかたち

過酷な自然環境でも快適に過ごせる構造と自然環境との共生を両立させようという、新しい建築のあり方を追求したプラットフォームを建築チームのADXが発表した。その根底にある思想とは、建物が増えることで豊かな自然環境づくりにつながるリジェネラティブな建築モデルの構築だ。
自然との共生を目指す建築プラットフォーム「EARTH WALKER」が提示する、リジェネラティブな新しい建築のかたち
Photograph: ADX

標高4,000mの雪山から氷河、無人島まで、過酷な環境下での生活を豊かな体験に変えられないだろうか──。そんな構想を具現化する建築プラットフォームを、建築チームのADXが発表した。「地球を冒険する」をコンセプトに掲げる建築プラットフォーム「EARTH WALKER(アースウォーカー)」だ。

EARTH WALKERの特徴は、建築される自然環境がどれだけ過酷であっても快適に過ごせる構造でありながら、自然環境と共生する新しい建築のあり方を追求した点にある。「人間のエゴによって美しい自然を壊すのではなく、その影響を最小限に抑えたい。そうすることで、持続可能性と自然との調和を実現したいのです」と、ADX代表の安齋好太郎は語る。

その建築モデルは大きく分けて2種類ある。ひとつが、EARTH WALKERのフラッグシップとして過酷な環境への対応に特化した「サミットシリーズ」。そして、その思想を継承しながら現実的なかたちで機能とデザインをカスタマイズし、自然との共生を掲げる「カスタムシリーズ」だ。

ADXの建築プラットフォーム「EARTH WALKER」の概念図。過酷な環境への対応に特化した「サミットシリーズ」と、その思想を継承しながら現実的なかたちで機能とデザインをカスタマイズした「カスタムシリーズ」からなる。ちなみにEARTH WALKERのロゴは、“地球最強の生物”の異名をもつクマムシがモチーフだ。

Illustration: ADX

標高4,000mの雪山でも快適な暮らしを

サミットシリーズのコンセプトとしてADXが提案するのが、雪深い山や無人島などの過酷な立地でも快適に生活できるように設計された建築モデル「MOON」である。

人が大自然での“冒険”を求めて都市から離れるほど、気象条件は過酷になり、当然のことながら電気や水道などのインフラは限定される。そこに建物をつくるとなれば自然環境を損なうだけでなく、建築そのものに対する負荷も少なくない。建設に携わる人々の苦労や労力も大きくなるだろう。それでいて、極地にある既存の建物の多くは自然観測や人命保護を主な目的とした簡素なもので、快適性やデザインは必ずしも重視されていない。MOONは、そんな課題意識に基づいて設計された。

建築モデル「MOON」のイメージ図。これまでは宿泊施設の建設が難しかったような場所に、自然への負荷を最小限に抑えながら快適に過ごせる環境をつくることを目指している。

Photograph: ADX

一見すると名称の通り月を思わせる形状のMOONは、基本構造に炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を採用。積雪5mや風速90m/秒、外気温がマイナス60〜50℃といった過酷な環境にも耐えられる前提で設計された。

また独特の形状によって、風力によるダウンフォース(負の揚力)を発生させて強風にも耐えるという。標高4,000mでも居住できるように、MOONには高山病や低酸素環境のリスクを最小限に抑える気圧コントロールや酸素調整の機能も用意される。

外部環境への負荷を最小限に抑える工夫も施されている。建物下部の機械室には太陽光発電とバッテリーを組み合わせた蓄電機能のほか、雪や雨水などの収集システム、水の浄化や水再生循環機能による給排水機能も備えるという。これらの設備によって、既存のインフラに依存しない完全オフグリッドな環境も実現可能だ。それでいて、ミニマルなデザインの室内にはベッドや温かいシャワー、簡易的なキッチンなどを完備する。

「雪深い山や無人島をはじめ、都市から離れれば離れるほど気象条件は極端なものになり、インフラは限られ、建物の建築や快適な滞在は困難になります。そうした大自然で過ごす喜びを、冒険家の精神をもつすべての人々に感じてもらいたいと考えたんです」と、ADXの安齋は説明する。

建築モデル「MOON」の室内のイメージ。ミニマルなデザインの室内にベッドや温かいシャワー、簡易的なキッチンなどを完備する。

Photograph: ADX

リジェネラティブな建築のかたち

こうした「極地を楽しむための建築」ともいえるMOONのコンセプトを“現実的”な建築に落とし込んだのが、カスタムシリーズだ。都市部からアクセスしやすい自然環境において快適に滞在できる居住性を確保しながら、国産材の活用を促す高い木質化率を追求している。

さらに、部材やユニットの大部分を事前に工場で加工するプレファブリケーション方式を採用した。これにより現場での施工期間を大幅に短縮し、建設工事に伴う環境負荷も抑えている。カスタムシリーズは現時点で3種類の建築モデルの設計・施行が進んでおり、2024年内に計100棟程度の完成を見込むという。

その代表的なモデルとして建設が進んでいるのが、メンバーシップ制セカンドホームサービス「SANU 2nd Home」の新しい建築モデル「SANU CABIN MOSS」だ。MOONほど過酷な環境での建設を想定しているわけではないが、それでも標高1,500mで気温がマイナス20℃の山岳地域での快適な滞在を実現しているという。

一見すると奇妙な形状にも感じられるMOSSだが、実は一貫した思想に基づいている。キーワードとなるのが、自然との共生だ。

ライフスタイルブランドのSANUが提供する「SANU 2nd Home」のために新たに設計された「SANU CABIN MOSS」。モジュール構造やプレファブリケーション方式によって自然環境への負荷を抑えながら、建設地の環境に建物のほうを最適化できるように工夫されているという。苔(MOSS)のように自然と一体になるような建築を目指している。

Photograph: SANU

ADXの安齋は、この建築モデルについて「シカの目線」で設計したのだと言う。自然環境への負荷を最小限に抑え、その土地の地形や風の流れなどを生かしながら、シカなどの動物や虫たちの存在を尊重する。こうして人間が“住まわせてもらう”ための建築が生まれたというわけだ。

「木をなぎ倒して生き物たちを排除して、わたしたちのすみかをつくるような時代じゃないんです。人の快適さはもちろん大事ですが、そこにわたしたちは“おじゃまする”という観点から設計しました」と、安齋は説明する。「建築が自然の中に溶け込むというか、あわよくば一部になったらいいなと思っています」

例えばMOSSは、折り紙のような屋根が雨や風、雪を特定の箇所に集中させない構造になっている。「雨水を雨どいに流して地面に落とすと、土がえぐれて流れてしまいますよね。そういう状態にはしたくないんです」と、安齋は言う。「高床式にしたのも、風が自然に流れていく構造にしたかったからなんです。ぼくが微生物だったら、無風の空間って嫌だなって思いますから」

さらに、国産の木材を多用して木質化率を高めることで「森を豊かにしていく」ことも強く意識したという。ADXは「森と生きる。」をフィロソフィーに掲げており、これまでも積極的な木材資源の活用と木造建築にかかわるテクノロジーの開発を進めてきた。その思想は今回の新しい建築モデルにも引き継がれている。

「多くの木を使うことで森の“循環”を促し、積極的な木材資源の活用を推進する。この建築が増えるほど森が豊かになっていくような、リジェネラティブな事業展開に挑戦していきたいのです」と安齋は語る。実際のところMOSSの木質化率は、一般の木造住宅を大幅に上回る45%にも達するという。

「自然の中で建築をつくろうとしたときに、建築を森に当てはめるのではなく、森に合わせて建築が変化する。そんな新しい時代の建築をつくりたいんです」と、安齋は言う。「地球上のあらゆる場所への冒険を支え、 多くの人に美しい自然、美しい世界を見ていただきたい。そうすることで地球の偉大さを感じてもらい、地球への愛を深めるきっかけを創出することが、われわれの使命だと考えています」

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