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退屈な建築で都市を満たすことがもたらす世界的危機:トーマス・ヘザウィック

麻布台ヒルズを手掛けたことでも知られるデザイナーのヘザウィックは、人々から見放された建物が廃墟と化し、世界各地に大量の建設廃棄物が氾濫していると指摘する。なぜ建築は人々の健康や楽しみを優先するべきなのか、その理由を『WIRED』に語った。
A large abstractly shaped building
2015年、Heatherwick Studioが手がけた「The Hive」(シンガポールの南洋理工大学にあるラーニングハブ)が完成した。Photograph: Hufton+Crow/Getty Images

トーマス・ヘザウィックには使命がある。世界中の建築家や都市計画家に、つまらない建物で都市をいっぱいにするのをやめさせるべきだと、このデザイナー兼Hetherwick Studioの創設者は考えているのだ。地球の、そしてそこに住む人々の健康は、危機に瀕しているかもしれない。

誰からも愛されない建物を都市計画家が認可しつづければ、そう遠くない未来には支持する人々がいなくなり、無駄に取り壊される建物を大量につくりだすリスクとなるだろう。一方で、喜びが弾け、愛着が生まれ、既存の概念を打ち破るような建物ができれば、何世紀にもわたって維持されることになるはずだ。

それだけでなく、周囲の建物との感情的なつながりについても、人々はもっと理解すべきだとヘザウィックは言う。「人は、建物から影響を受けることをちゃんとわかっています」。とはいえ、それをどう活かせば、社会に寄与するデザインを生み出せるのかはまだわかっていない。「目に映る建物と、わたしたちの感情や健康の相関関係については、まだ科学的な解明が始まったばかりなんです」

今年で10回目となる英国のカンファレンス「WIRED Health」での講演に先立って、人間味あふれる建築を広めるキャンペーン、設計原則の広範な変化を起こす方法、優れた建物の真の利点とは何かについて、ヘザウィックに話を聞いた。インタビューは長さとわかりやすさを考慮して編集されている。

──なぜ、感情的に共感できる建築が必要なのでしょう?

トーマス・ヘザウィック:周りを見ると問題だらけです。過去70~80年にわたって、都市の一部として特徴のない建物ばかりがつくられてきました。これは個々の建物の問題ではなく、それが機能的だと考えられている一般的概念の問題です。

建物は人々にとってなんらかの意味をもつ必要があり、そうでなければ長くはもちませんし、おそらく取り壊されてしまうでしょう。いまの環境危機において、解体産業は社会の巨大かつ知られたくない秘密です。

──あまり考えたことがなかったのですが、問題はどの程度深刻なのでしょう?

英国の商業ビルの平均寿命は40年です。韓国のソウルでは30年だそうです。中国では、住宅の平均築年数は34年で、商業ビルは35年です。

材料、輸送、組み立てなど、こうした建物の設計や建造には大量の炭素が伴いますし、もちろん既存の構造物を解体する際も同様です。英国の廃棄物の2/3は建設廃棄物ですし、米国は年間10億平方フィート(約93平方キロメートル)の建物を取り壊しています。これは世界的な問題です。

建設業界は、世界全体の二酸化炭素排出量のおよそ10%を占めています。わたしたちは何よりもまず、どの建物も何十年ではなく、何百年単位で耐えられるような設計にしなければならない、と肝に銘じるべきです。そうしなければ、これからの世代に対して無責任すぎます。

──この流れは止められるでしょうか?

社会には誰にも顧みられない建物が山ほどあります。問題は、それをどう変えるかです。社会が関心を向けない限り、持続可能なものはありません。

これほど無関心が蔓延しているのは、視覚的な複雑さが欠如しているせいだと思います。街を歩きながら、中を覗けば受付のデスクや革張りのソファがあるだけの退屈なガラス張りの建物をいくつ通りすぎるでしょう? 通りがかった人はこうした建物を見ても何も感じません。

これを変えるのに費用をかける必要はありません。すべての建物をシドニーのオペラハウスにする必要はないんです。どんな建築環境においても、30~40フィート(約9~12m)あたりに最初に目線がいくようになっています。だからそのあたりに、建物の個性を出すべきだと考えます。

──人の目が集まる外観をもっと個性的にすることで、取り換えるのではなく、みんなが守りたくなるような建物にするということですね。しかし建築家でも都市計画家でもない大半の人たちには、すでにつくられたデザインを変えることはできないと思いますが。

確かにそのとおりで、自分にはなんの力もないと感じている人たちもいます。それに建設業界も市民の意見を聞かずに、自分たちだけで決めています。これこそ変えるべき点です。休暇になると飛行機に乗って、二酸化炭素をまき散らしながらスペインのマラガやらに行く必要があるのか、という話は公の場でも議論されていますが、周囲の建物についての議論は皆無です。

以前、英国の元主席医務官デイム・サリー・デイヴィスと病院や介護施設について話した際に、こんな質問をしました。「なぜ、わたしの知る医療環境はこんなに悪いのでしょうか?」。 彼女はこう答えました。「責任者がいないからです。異なる医療機関がそれぞれの建物を運営しているのです」。そして変化を引き起こす唯一の方法は「患者を惹きつける」ことだと言いました。

患者に「おや、新しいがんセンターを建設中なんですね。ところでダンディーにあるがんセンターを見たことはありますか? リーズのは? すごくいいですよ、植物がたくさんあって、木造建てなんです」と言われた場合、まともなリーダーならこう考えるでしょう。その病院を見にいってみよう、と。

つまり、建築において患者を惹きつけることほど大事なことはないのです。これが「ヒューマナイズ・キャンペーン」の目的です。この件を公の場で議論できるようにしたいのです。

──建物を魅力的なものにし、耐久性を高めることは明らかに環境にとっていいことです。ただ、個人にとって直接的な利点はあるでしょうか?

いくつかのアンケートを実施したところ、英国では76%の人が「建物はメンタルヘルスに影響を与える」と考えていることがわかりました。その一方で、建物のデザインは芸術性が重視されていて、健康については考えられていません。

しかし、建物と芸術は異なります。音楽と距離を置きたければヘッドフォンを外せばいいし、絵画なら別のギャラリーに向かえばいい。しかし建物はわたしたちの生活の風景なのです。

ですから、わたしたちが始めた「ヒューマナイズ」運動も、より科学的な視点から、建物の外観が健康に及ぼす影響を考える必要性に着目しています。建物はメンタルヘルスに影響を及ぼすといわれる一方で、これに関する分析はほとんどありません。つまり建設業界は、適切な設計を行なうための有用な情報をもっていないんです。

──建物の外観を変えると、人々の健康が改善されるという具体的な証拠はあるのでしょうか?

自然に触れるとストレスが軽減することは知られています。1980~90年代にレイチェル・カプランとスティーヴン・カプランが発展させた注意回復理論ですね。それに、入院中の患者が緑を見ると回復が早まることもわかっています。

その一方で、コリン・エラードという科学者は、平板かつ直線的で単調な、飾り気のない建物が人の集団に与える影響を研究しました。すると、直線的で平板で遊び心のない建物のそばにいると、質感や陰影、特徴のある建物のそばにいるときよりも、ストレスホルモンであるコルチゾールのレベルが上昇することがわかったのです。

わたしの経験上、人が好む場所は、不規則なライン、驚き、意外性を備えています。ですから今後、興味や感情を糧に心を養っていく必要がある、ということが科学によって示されていくと思います。

一方で、設計を学んでいる生徒たちがこの問題に応えられるような、確固とした研究はひとつもありません。わたしたちの感情や健康と、周囲の建物との関係を科学的に理解する試みは、まだ始まったばかりです。

──話を伺っていると、わたしたちは長い間、周囲の構造物が及ぼす潜在的な影響を当たり前のように捉え、調査を怠ってきたように感じます。

都市や町はとても重要です。人と人を近づけると思われていたデジタル革命は、ある意味でその距離を遠ざけ、新型コロナウイルスによって社会はがらりと変わりました。各自が家にとどまるという状態が一気に加速したのです。アルゴリズムはわたしたちを分断し、エコーチェンバーを生み出します。

わたしたちにはこれまで以上に連帯が必要です。オンランイン上では信じられないほど悪意に満ちた言葉を投げ合うことがあっても、同じ部屋にいれば、礼儀正しさや思いやりが増し、他者の背景や視点を理解しようとするはずです。ですから、都市や街の通りや広場など、実際に人と顔を合わせる場所は、社会の健全性には欠かせません。建物はそうしたパブリックルームの壁なのです。

こんなふうに言うと夢見がちだと思われるかもしれませんが、わたしは心からそう信じています。社会とは、人々が尊重し合い、互いを結びつけるようなものであるべきですし、建物はそのための道具なのです。

(Originally published on wired.com, translated by Eriko Katagiri/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)

※『WIRED』による建築の関連記事はこちら。気候変動の関連記事はこちら


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